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2016年5月8日日曜日

5月8日

 原樹理!!!
 樹理(樹木希林いや悠木千帆のノリでみなさんもご一緒に)!!!

 昨日、山手幹線の県庁よりちょっと手前にある中華料理屋というか中華麺屋(例によって名前を忘れたというか初手から意識してない)行って、酸辣湯麺(サンラーメン)喰う。営業中の札はかかっているけど、店内まっくら、もちろん、客はいない。オレが入ると、早口の中国語でなんやら電話してた若い店主が、さっと電話切って、電気とテレビつけてくれた。


 酸っぱくて辛い。多分、酸っぱさがなかったら、とんでもなく、辛いのかもしれん。黒酢と黒コショー云々そうだが、忘れた。お店あと数回通って、ちょっとだけ馴染みになったら、「サンラーメン、お酢抜き」とか頼むと、カッチョ良さそうだ。そいで、テーブルのお酢で調整しながら、食うの。ちょっと、ぬるめ、麺が多分、ちぎって作るヤツタイプだと思う。


 でも、なんか、味に自信がついたそうで、店が今度「下の方」へ移るそうである。神戸で「下」というと、フツー「南」の方向を指す。地下じゃない。

 まあ、JR元町駅周辺か以南だろう。ただ、激戦区である。
 数百円のチャーハン、それも、フツーのハムとネギ程度しか具が入っていないヤツですら、とてつもなく、旨いヤツ出す店がごろごろしている。

 もう、特に中華料理屋は。以前は、神戸の人間が近づきもしなかった南京町ですら、最近は、味のレベルが上がってるらしい。
 
中国の人は大好きだし、阪神大震災の時、まっさきに電話してくれたのが中国人の友人だったので恩義すら感じているのに、なんで、国になると・・・。


 連休中、
涼川真理+尾崎奈々」の涼川真理部分、

 安西マリアの77年「マリア・グラフィティ+2」、

 最後のグループ・サウンズと言われているロック・パイロットの「ロック・パイロット+2」等聴く。



 どれも、すばらしいものであったが、最後のグループサウンズ「ロック・パイロット」の力の入りようがうれしい。1970年。ザ・タイガースの「ヒューマン・ルネッサンス」に匹敵する完成度だと思う。演奏もカチッとしてて、ところどころ、ステッペンウルフしてたり、するけど、たとえば、ザ・タイガースのカバー「君だけに愛を」での、原曲のぶち壊し具合なんか、シビレてしまう。
 
 まあ、例によって例の如く、エエ加減なこと云わせてもらうけど、グループ・サウンズは、クリームやレッド・ツェッペリンやジミヘンジャニスドアーズ、ザ・バンドやら、聴いちゃって、自分らのみっともなさに自信失って自暴自棄になっちゃったとこあって、1972年には跡形もなく(オレとしては1972年ゴールデン・カップスが沖縄でライブ中火事になって解散したのを、グループ・サウンズの終わりとしたい)、
霧消してしまうけど(ニュー・ロックに行ったり、ムードコーラスやら行ったり)、
もうちょっと、待ってたら、グラムの時代が始まり、変な衣装のヴィジュアルや歌詞のワケのわからなさ、といういわば日本のグループサウンズが勝負してきた同じ土俵に、マーク・ボランやデヴィッド・ボウイやルー・リードやアリス・クーパーが現れ、ぶいぶい云わせるわけで、うーんと思ってしまうのだ。

 デヴィッド・ボウイなんか、「ジギー・スターダスト」という宇宙人になりきってたし、マーク・ボランは白鳥に乗って現れたんだぜ、日本の北の方の、どこぞの山奥にある湖のそばにあるノイシュバンシュタイン城みたいなお城の王子さまになりきってたグループ・サウンズが負けてる(負けるか勝つかに意味があるのか、はわからん)とは思えない。おんなじです。王子様がカッコ悪くて、異星人がカッコいいという論調には与しませんよ。

 グラムの時代はすぐそこに来てたのに・・。

 しもた・・・あっさり、書くつもりだったけど、グループ・サウンズとグラムロックもどっちも好きなもんで、無理やりくっつけたくなってしもうて、悪ノリしてしもた。ま、毎度のこと。

 当ブログの日本の音楽の価値観は、

 弘田三枝子>ジャックス、グループ・サウンズ>>>>>キャロル>>>>村八分>はっぴいえんど、
だから、気をつけろ。
 

2016年4月12日火曜日

平成28年4月12日

 東京ヤクルトスワローズ、勝つ。勝つとは思わなかったんで、うれしい。成瀬も頼りになるじゃん。

 今日は、ひさびさに泳ぎに行った。あかん、完璧に鈍ってた。北島康介氏も引退したことだし(全く関連性のない2つの事象を並べて書くことにより、関係性があたかもあるように思わせるテクニック)。

 ちゃんと、一日のある時間スケジューリングしといて、その時間は、ともかく、プールに入っていて、一定時間はプールにいる、というようにするわ。最初、プール行きだした頃、取った手法。

 ミッチー★サハラの「天使のハンマー」にハマる。この前、書いた、「聞いてよ, お願い~キング・イヤーズ・コレクション」に入っている曲だ。導入部のコーラス部分、思いきし高音出しているんで、耳にツーンとくるが、そこがたまらん。嫌いなどフォークであるが、ミッチー★サハラが唄うんなら、話は別だ。ノリノリ。

 PPMのバージョンが有名だが、オリジナルは、ピート・シガー。トリニ・ロペスのカバーが最初に大ヒットした。ミッチー★サハラはその英語の歌詞、そのまま、唄っている。  大キライなフォークなので、あまり詳しくないので、曲の詳しいことは、http://blog.livedoor.jp/lemontree123/archives/17936.html等を参照してください(あーよかった)。

 ちなみに、オレの手持ちの音源だと、「天使のハンマー」で、ザ・ワンダース(1967「コンプリート・シングル&モア)、「If I Had A Hammer」で、内田裕也(1964アルバム「ロック、サーフィン、ホットロッド」)。内田裕也のヤツは日本語歌詞。ちょっと、過剰かも。
   これらも、それぞれ、同じ曲のカバーだが、それぞれ、味があって、いい。でも、今はミッチー★サハラだな。フォークの名曲なので、おそらく、もっともっと、たくさんの歌手がカバー出していると思う。サム・クックやとかカッコいい。

 ちょっと、オレの趣味じゃないが、Youtubeで、忌野清志郎のカバーみつけたんで。

     

2016年4月10日日曜日

4月10日

 昨日、ギガビッグマック喰ってやった。うまかったし、満腹感が気持ちいい。今日は丸亀製麺で、あさりうどん。春になると食いもんが旨くなるって本当ですな。

 昨年、あんまし、音楽聴く気になれん買ったのは、東京ヤクルトスワローズが強かったからだと、実感。東京音頭で十分だった。
 だって、原樹里が初回、2ラン打たれるとこ見てしまったら、もう、なんか、もう。まあ、最終回、1点差にまで詰め寄ったらしいけど、なんと云ったらいいのか、それはそれは・・・あーこんな気持、あーうまく云えたことがない、ないあいあい。

   ちゅうことで、君の知らないメロディ、聴いたことのないヒット曲聴くことにする。ベイエリアからでもリバプールからでもない、日本からの音楽だ。
 オレの手にはあまりまくる、もう、すばらし過ぎるアルバムであるが、「LOVE ゆかりとニューサウンズ」、(伊東ゆかりとグリーンジンジャー1971年)を、聴いた(とりあげるだけ、でご容赦願いたい)。







LOVE-伊東ゆかりとグリーンジンジャー


 かつて、東海林修ファンクラブの方とネット上で懇意にさせていただいていたことがあり、このアルバムの存在を知り、聴いて、当時のオレの趣味の音楽とはまったく違った筈なのに、すっかり、このアルバムが、というより、このアルバムの創る世界にびっくらこいたことがある。よく知っている曲のカヴァー集みたいなもん、として聴いたら、そんな生やさしいものではなかった。すべての曲がひたすら、ここちよい。

 カバー曲が多い。けど、単なるカバーじゃなく、ヒップホップ等引用系のジャンルの音楽が元歌のビートや一部分を引用し、新しい曲を作るみたいに、ひとつひとつの曲を解いて(ほどいて)、編み直しているのだ。
 昭和歌謡聴き始めた頃なので、編曲家のスゴさを実感した瞬間だった。例えばオーケストラを入れたら、そのひとつひとつの楽器の譜面を作るというスゴい作業なのだ。

 最初アルバムを手に入れるまでは、一曲目のオリジナル「グリーンジンジャーフライング」をコンピレーション(ソフトロックドライヴィン)で聴いていた。初めて聴いた時、初めて聴くまで、なんと、遠回りしたのか感におそわれたもんだ。もう、何度聴いたか知れん。当時、Millenniumの「5AM」と繰り返し繰り返し、聴いたもんだ。朝の表現の違いに何か書きたいが、収拾つかなくなるので、あとは、曲名とオリジナルのアーティスト名を挙げておく。



 ジョージ・ハリソンの「マイ・スウィート・ロード」、エルトン・ジョンの「僕の歌は君の歌」、カーペンターズの「ふたりの誓い」、バカラックの曲でフィフス・ディメンションで「One Less Bell To Answer」、村井邦彦作曲のオリジナル「And Now I Know」、ジョン・レノン「ラブ」、映画「ある愛の詩」(アンディ・ウィリアムス)、カーペンターズの「遙かなる影」、クロスビー、ナッシュ&ヤング「Our House」、ヴィッキー「When On When」、そして、「マイ・ウェイ」。

 すべて、英語。

 いろんなアーティストのいろんな曲に編曲の力で、ある統一感を持たせている。組曲みたいな感じすらする。
 これらの「素材」、伊東ゆかりの歌唱力、そして、そして、スキャットの女王伊集加代子、岡崎広志、そして東海林修の3人のコーラス、演奏は石川晶ら。そして、歌謡曲の歌手「伊東ゆかり」のアルバムじゃなく、あくまでも、「ゆかりとグリーンジンジャー」のアルバムだ。

 東海林修氏は、「編曲」で、今までにない、このアルバムでまったく新しい「音楽」を作ろうとして、そして、見事、成功していると思う。なんで、そういうことが言えるかというと、このアルバムをひととおり、聴いた「今」、すっかり、原樹里が打たれた「あーこんな気持、あーうまく云えたことがない、ないあいあい。」感は、完全に失せている。まあ、東京ヤクルトスワローズが、負けているのは変わらないけどね。


 また、こんな、感想文書いてもた。
 ちゃんとしたレビューは、ここ(http://www.geocities.jp/cultmandu/review04/review676.html)とか、ここ(http://ameblo.jp/moritan0717/entry-11885588772.html)とかで、おねがいする。

2016年4月9日土曜日

4月9日

 桜もそろそろ、終わりかなと思いきや、東京ヤクルトスワローズ、負ける。石川で負けてしもうた。10対5だ。
 まあ、そういうもんであろう。ちょっとだけ、覚悟した。うん。まあ、一昨年もその前の年もそうだったし、慣れっこだ。


 ちゅうことで、ミッチー★サハラ(★は芸名のまま)の聞いてよ、お願い、聴く。いろんなアルバムやシングルなどのキング音源を集めたもの。主に1965年から66年の音源が多いみたいだ。聴いて、なんで、もっと、早く聴いたらよかった、というのは、セコいオレの常套句であるが、出たらすぐ聴いとくべきだった。


聞いてよお願い~キング・イヤーズ・コレクション(紙ジャケット仕様)

1. 聞いてよお願い
2. ラブ・イン・トーキョー
3. モア
4. 明日を忘れて
5. イパネマの少年
6. 愛の願い
7. 紅い、紅い花
8. 恋の一夜
9. 淋しくて
10. 夢みるシャンソン人形
11. ハロー・ドーリー
12. クライング・イン・ザ・チャペル
13. 春のときめき(シングル音源)
14. はだしで踊ろうよ(シングル音源)
15. 雨に消えた想い(コンパクト盤音源)
16. 風に吹かれて(コンパクト盤音源)
17. グリーン、グリーン(コンパクト盤音源)
18. 天使のハンマー(コンパクト盤音源)
19. 泣くための肩が欲しい(シングル音源)
20. そして今は(シングル音源)
21. そえから、そえからとせがむ僕(コンピ盤音源)

 1,7,14,19の4曲が、ミッチー★サハラ作詞作曲。  日本初の「シンガー・ソングライター」なのであるが、あまりそのことで評価されていない。けど、このアルバムがでたことで、ちゃんと評価され、昭和歌謡史そのものを見直すきっかけになれば、もっともっとウレしいが、まあ、無理だろう。ジャンル分けが細分化して、今や、全体を見渡せる評論家が誰もいない。
 あと、15から18までの曲は、「ミッチー★サハラのフォーク・ロック」というミニ・アルバムからの音源で、全部カバー曲なのだが、なんと編曲が東海林修先生。こういう言い方が許されるなら、東海林修感たっぷりである。

 なるほど、この爽やかさ、日本語で唄われているのに、日本語で唄われている感じがしないという日本土着感の希薄さは、(伊東)ゆかりとグリーンジンジャーの「LOVE」にどことなく似ている(単にオレが東海林修先生だから、「Love」に結びつけてしまっているだけかもしれんが)感じがする。プレ「Love」かも・・???)

   昭和歌謡のコンピレーションでいくつかの曲が取り上げられており、そのすばらしさにヤラれたオレとしては、こうして、キング音源のほぼ全部が聴けるのは、うれしい限りである。
 ちょっと、オレの手持ちだけであるが、まとめておく。

 愛の願い、ラブ・イン・トーキョー 60's キューティ・ポップ・コレクション〜スキ・スキ・エディット
 マッハで行こう 東京ビートニクス ハイ パノラミック シリーズ 池中くんの昭和歌謡 Japanese Lovely Song Graffiti
 聞いてよ、お願い 昭和ガールズ歌謡 レアシングルコレクション キングレコード編 ~イエ・イエ / 銀座ゴーゴー~
 愛の願い ナウなヤングだ!エレキ歌謡でGo!Go!Go! Now Exciting! 60's Japanese Guitar POP A G
 夢みるシャンソン人形 ジャパ・ヨーガク ~バババ~
 グリーン, グリーン ゴールデン・スタンダード集~ ロックアラウンド・ザ・クロック
 太陽は燃えている ゴールデン・スタンダード集~ レッド・リバー・ロック
 風に吹かれて、ラヴ・イン・トーキョー Tokyo Beat Anthology Vol. 2 Swingin' Tokyo 1964-1966

 「太陽は燃えている」「マッハで行こう」はキング音源ではないので、このアルバムには入っていない。
 これらのコンピレーションで、ミッチー★サハラに出会うたびに、クセの無い、自己主張の少ない唄い方に、もう灰汁の塊のような、しいてあげれば、オレがオレが感、、ワタシがワタシが感満載の他の昭和歌謡歌手たちの曲の中で、清涼感を覚えたものである。夢見るシャンソン人形の編曲や唄は、オリジナルを超えている。
 「愛の願い」(橋本淳作詞すぎやまこういち作曲森岡賢一郎編曲)は、朱里エイコらの「クレイジー・ラブ」の元曲であり、昭和歌謡の中でもとくに大好きな曲のひとつである。
 

 しかし、すばらしい。
 昨日聞いたポップ・グループの音の濃度と比べたら(こういう比較自体、まったく意味のない比較である、自覚している)、音の濃度がずっとずっと薄く、美しいので、また、ミッチー★サハラの声が好きな声なので、すーーーーーっと沁み入る。
 

2016年4月3日日曜日

4月3日

 近所の桜も満開。スワローズ、今日は負け。でも、原樹理が成長していっているのでよしとする。


 Amazonで、ザ・テンプターズのボックスセット、買おうかどうしようか、迷っているうちに、ついに、入荷待ち、つまり売り切れてしもうた。持っているアルバムと重複がかなりあっての、2万弱は、しんどい。あきらめがつき、すっきりした。中古で安くなったら、手に入れよ、プレミアムつくようなら、あきらめようっと。

 たしかに、春になっているんだろう。また、「音壁Japan」に入っている曲ばかり、聴いてしまう。ほんま、なんで、音楽聴くだけでこれだけ、罪悪感に似たもの感じないとアカンのか、と思う。本当に。何度か、もう、このアルバムについてはここで触れている。けど、今日も触れる。



音壁JAPAN

 このコンピレーション聴いていると、ほんとう、日本人の歴史以来、一番、アホでバカな世代は、実はゆとり世代じゃなくて、ワシら世代じゃないかという、思いを強くする。カモ世代というか、カモネギ世代というか、ちょっとしたコツさえ覚えれば、ナンボでも入れ食い状態で釣れる。
 その「ちょっとしたコツ」の音楽編は、きっと、このコンピレーションには、つまっているんじゃないか。

 じゃないと、このコンピレーション、17曲が入っているが、17曲ことごとく、涙ぐまんばかりに「いいなぁ」と思うわけがないのである。しかも、聴くうちに、悲しいあるいは、哀しい、恋愛体験の多かったオレですら、「ああ、あの頃はもう二度と戻ってこないんだなあ」と遠いウソのノスタルジーにかられながら、パステルカラーで、灰色に近い過去を塗りつぶし、美化した青春を懐かしもうと、する。バカである。

 フィル・スペクターという人がおって、ロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」とか、こうした音の出し方(モノーラルだった)で、胸きゅんの名曲をたくさん、作った。50年代終わりから60年代半ば頃まで。

 その音の出し方、どういう感じかというと、全部の楽器がほぼ同音量でドバーッと来る、それを「音の壁ウォール・オブ・サウンズ」と呼んだ。
 日本でも、ロネッツの「ビー・マイ・ベイビー」は、ほぼ、リアルタイムでは、弘田三枝子(私のベイビー1963)麻生京子(あたしのベイビー1962)伊東ゆかり(ビー・マイ・ベイビー1964)とかが、漣健児の訳詞でカヴァーされている。他にもGSでは、ザ・スウィング・ウェスト、アウトキャストがカヴァーしているし、70年代には、辺見マリ、そして、大好きな、安西マリアのビー・マイ・ベイビーもある。



   こうした、いわば、カバーの系統とは、別に、ど真面目にフィル・スペクターサウンズに影響を受けつつも、あらたな、要素を加味して、和製ウォール・オブ・サウンズを作ったのが、大滝詠一(と、言い切ってしまう)。
 どうしようもなく「懐かしい」音なんだけど、けっして、古臭くない。胸きゅん、するけど、それは、かなりインチキってわかるんだけど、胸きゅんの深さに負けてしまう。ワシら世代は、その誘惑に抗することはできないのである。ウソでもいい、インチキでもいい、そして、音にハマるついでの駄賃に、歌詞の世界の価値観で、自分の記憶すら、書き換えてしまう。アホな世代。

 大滝詠一の「新しいウォール・オブ・サウンズ」で、あざとい作詞家松本隆に世界を作らせ、歌謡曲史上一番あざとい歌手松田聖子に「頬をつねってよ 夢じゃないのさって」と唄わせる。だいたい、松田聖子が「黙りこくってたら退屈な女の子だって言われそう」っていうんだろ? ダマサれんぞ、と抵抗を試みるも、聴いているうちに、ええ、ダマサれてあげます、いやダマサさせてください、状態になる。おみごと!「錆びついた線路を歩いたの あなたの上着にくるまって」で、とどめ。稲垣足穂ちょいと入れてるとこが、クサくてたまらんのだが、それすらも、吹き飛ぶ。
 1981年松田聖子「一千一秒物語」。下の動画は、別のバージョン。



 さて、さて、須藤薫の「つのる想い」に及んでは、その、あざとさ、の、鮮やかさに、「参った、参った、こりゃ一本取らましたなあ」感に陥ってしまう。作曲小西康陽。1989年という、かなり遅れたウォール・オブ・サウンズ。松本隆の情景描写で世界をオシャレなものにしていくんじゃなく、単に、一途に、「あなたに」想いをつのらせていく。それだけの歌詞なので、松本隆+松田聖子という、あざとさの権化のあとには、清涼感すら覚える。これ、50回以上も聴いているぞ。



つのる想い  須藤薫 投稿者 tyabasirasan 
 さて、あざとさでは、荒井由実(松任谷由実)も忘れてたらアカン。作詞作曲荒井由実「二人は片想い」。1976年。「夢で逢えたら」が1977だから、それより、早い。
 ポニーテールという売れないフォークグループ。鈴木慶一率いるムーンライダーズの妹分とかになってる。まあ、女性グループで、どうせ、ルックスたいしたことないグループだろう(と推測する)に、モテない女性唄わせたら世界一の荒井由実が曲をつける。「仲が良すぎて私達 一人の彼を愛してた わかった時は口惜しくて 口もきかずに帰ったの」・・ああ、女の友情ってせつないなあ、で、振った男に腹が立ってくる、だいたい、おんなのこのオーデコロンの銘柄指定するような野郎じゃあるめぇ・・・。最後ハッピイエンドでホッとしているオレがいる。恥ずかしい。

 
 1992年の、もう、オレなんかとおおおおおっくに、青春期をぬけて、清々したところ、ず~~~っと年上の杉真理は性懲りもなく「夏休みの宿題」みたいな、あざとい、あざとい曲作るもんだから、つい・・。
 「こっそり海に潜って 泣きべそかいてたなんて 世界一の寂しがり屋さん」「麦わら帽子かぶって ホット・ドッグかじっていると まるでふたりは幼なじみ」だぜ。ええ年したオッサン(杉真理)の分際で、ようこんな恥も外聞もなく、書けるわ・・・と思いつつも、「君をこんなに愛しているよ そうさ認めるよ本当さ 今まで会った誰よりもずっと」 のサビに至る頃には、涙ぐみながら、そうさ、認めるよ、本当さ、今まで聴いた曲より、ずっと、好きになってる・・・こんなん、反則やないか(ニコ動のリンクしかなかった)!!!

 
   上の世代の草刈り場というか。上の世代から、いいように搾取されまくっておるなあ。ワシら、アホの世代、「感性」のある部分、ちょっとでも責められると、イチコロやで。ウソで胸きゅん。

 少年時代は、講談社と円谷プロに貢げるだけ貢ぎ、思春期を迎えたら、ブルース・リーが流行ればカンフー、アイビーが流行ればアイビー、サーファーが流行ればサーファー、パンクが流行れば、パンク、テクノが流行ればテクノ、ツートンが流行ればツートン。青春期だけでもこいだけ、変移しているのである。それも、なんかの精神的なもんがあってじゃなく、周りを見て、ないしは、ポパイかホットドッグプレスを見て、である。もちろん、ヤンキーやモッズや50’sのオプションも用意されている。あと、なーんもせんでも、オタク(ヲタクじゃなく)の称号がデフォルトでついてくる、マ。マ。マイジェッ。ジェッ、ジェネレーション。


 ここまで、『音壁Japan」聴きながら書いたもんで、耳がさすがに疲れた。まだ、曲残っているけど、また次の春。
 ザ・フーの「マイ・ジェネレーション」聴きながら、寝ることにする。まあ、ホンマにアホなのは、オレだけかもしれんが、つい、オレの世代全部巻き込んだけど、それくらい、いいでしょ? 
    

2016年2月17日水曜日

2月17日

 MJで、ついに、数え役満上がる。でも、MJで天和上がった人がいるらしい。

 このところ、寒い。さすがに、日曜、月曜と2日ほどプール、行く勇気がなく、休んだが、昨日、今日と行く。昨日は空いていたが、今日は、5人ぐらいの高校生のグループと同一コースという羽目。そういう中でも、自分のペース守って泳ぐ、というのが、エエんであろうが、5対1である。つい、つい、つられて、変にがんばって疲れる。部活なら、ちゃんとコース占有するので、問題ないのだが、自主練というのは、ほんま、困る。

 
浅丘ルリ子・愛を歌う(紙ジャケット仕様)
 浅丘ルリ子の「男ともだち」。
 ずーっと聴きたかった曲。
 ただ、このアルバム、他の曲なんか、セリフが入ってる曲があり(「白い涙」はスゴい)、それも、大女優浅丘ルリ子が、かなり感情込めてるもんだから、ため息とか入っているもんで、クルマで聴いていると、あわてて、ヴォリューム絞ったりせなあかん。

 「男ともだち」、ファズを効かせたギターのびょんびょんびょびょんで始まり、リズムのはっきりした、ビート歌謡ともひとりGSとも云える曲である。浅丘ルリ子は、ちょっとやさぐれて、蓮っ葉に、今まで付き合った男ともだちについて唄っている。カッコいい。「何にもないのよ」を「ぬぁんにもないのよ」「燃えていたみたい」を「むぁおえていたみたい」と口ひん曲げて唄っている感じがたまらん。 1970年。
 
  浅丘ルリ子にかぎらず、女優の歌ちゅうのは、演技の幅がそのまま出るみたいで、それに、この頃の浅丘ルリ子ちゅうたら、神がかり的な凄い演技ばんばんやってた頃、このアルバムですら、キャラを全部変えてきてるから、曲が変わるたんびに、びっくりぽん。
 以上・・・って、最初に書いたヤツ消してしもたんで、また、これを書くために「男ともだち」一曲リピートしながら書いたが、ノリノリ感が無くなってしもうたがな。でも、最初聴いた時、大原麗子「ピーコック・ベイビー」、緑魔子「信じていいの」に匹敵する曲と思ったんだが・・・。
 日本一やる気なく気怠い歌(・・・と個人的にはそう思っている)歌「シャム猫を抱いて」を聴いて寝る。

2015年10月17日土曜日

14年も優勝していないもんだから、さっぱりわからん

本日、讀賣に勝った。嬉しい。

これで、東京ヤクルトスワローズ、セ・リーグ、優勝というのか、1位なのか、完全制覇というのか、14年も優勝していないもんだから、どうよべばいいのか、さっぱりわからんが、うれしい。
 今年のスワローズは野球の戦力は弱かったけど、勝ち方が上手かった。お見事である。うれしい。

 HMVから、伊東ゆかり・サン・レモのゆかりがようやっと、届く。数年前発売され、すぐ手に入れればよいものの、買うの忘れてたらあっという間に入手困難になってしまったやつ。ようやっと、再プレスされたらしく、届いた。
もちろん、オレが歌謡曲で最も好きな曲のひとつ(この矛盾した言い方、ようやっと、使いこなせるようになりました)、「恋する瞳」が日本語、イタリア語両バージョン入っている。うれしい。





讀賣に勝った。うれしい。

 これで、東京ヤクルトスワローズ、セ・リーグ、優勝というのか、1位なのか、完全制覇というのか、14年も優勝していないもんだから、さっぱりわからん。
 貧乏球団が、昨年、清水の舞台から飛び降りるつもりで獲得した選手があまり役に立たず、
 それに、なぜか、昨年、一昨年のことを思い出そうとすると、頭のなかが真っ白になり、脳内年齢が、87歳になってしまうので、
讀賣に勝った。うれしい。

 これで、東京ヤクルトスワローズ、セ・リーグ、優勝というのか、1位なのか、完全制覇というのか、14年も優勝していないもんだから、さっぱりわからん。
 貧乏球団が、昨年、清水の舞台から飛び降りるつもりで獲得した選手があまり役に立たず、
 それに、なぜか、昨年、一昨年のことを思い出そうとすると、頭のなかが真っ白になり、脳内年齢が、87歳になってしまうので、


伊東ゆかり・サン・レモのゆかり


 あと、SRではひいきの方(注おれのひいきは、耐えず変動している。けど、この方は配信自体おもしろい)がイベント最終日のラスト15分で、高額課金が飛び交うこともなく、すんなり、2位をぶっちぎり、1位に。うれしい。スワローズも優勝したし、よかったよかった。


2015年8月21日金曜日

8月21日

 「日本のロック名盤ベスト100」(川崎大助著 講談社現代新書)を読む。

 「風街ろまん」が1位とするような人の書いた本で、当然、オレとは音楽への態度が異なる。
 ただ、ロックベスト100に、ランキン・タクシーやらスチャダラやミュート・ビート入っているんで、もしや?と思った。けど・・。
 それでも、ランクそのもの凄い。半分ぐらいしか、知らんけど、面白く読めた。

 ランク付けが終わると、「第二部 米英のロックと比較し日本のロック全歴史」では、最後のあたり、ず~~~っと、愚痴りながら説教されているようで、しんどかった。ロック教条主義は言い過ぎかもしれないが、少なくとも、ロックによって世の中を変えることができると、信じているようである。米英のロックといつまで、比較せなあかんのだろう?
 
 やっぱ、本の題名に「ロック」つけるぐらいなら、読む側を、「おおおおおおお!!!」と思わせてくれないと、淋しい。
 悪いが、オレは、クリントン元大統領とストーンズの話ができても、なーーんも魅力を感じないんである。

 ま、そんなことはいい。買った方が悪い。読んだほうが悪い。

 第二部で、GS(グループ・サウンズ)に関してボロクソ書いてあり、この点に関しては、(ムフフ)である
 「・・・似合わない不格好なマッシュルームカットして、振り付けを覚えて、『歌謡曲』としかいいようないロックもどきを、60年代後半になってもやる」(前掲書195ページ)

 まあ、この一文が著者のGS観を表している。たしかに、実際、当時、GSやってる方々も、そう思ったからこそ、「ニュー・ロック」路線を取ったわけであろう(これが日本の音楽の最大の不幸とオレは思っている)。
 80年代後半の近田春夫による、B級GS観、90年代の主に黒沢進氏よるカルトGS観等、何度もGSは再評価再再評価再再再評価されているのに、あいかわらずの観点からの評価に終っている。

 それに、沢田研二のマッシュルームカットは似合っていた気(http://60spunk.m78.com/tigers.html)がするぞ。GSのみならず、ジャニーズ系は70年代入っても、80年代入っても90年代入っても今の今まで、その路線でやっているわけだし。 

 レインジャーズの「赤く赤くハートが」聴いて、思わず血が出てしまうほど胸を掻きむしってしまいそうになる、「狂おしさ」、ジェノバの「サハリンの灯は消えず」のかつての領土樺太につい抱いてしまう、かなり危険な「郷愁」、ザ・プレイボーイズ「シェビデビで行こう」の、そのままボケて記憶を失ってしまいそうになる「爽やかさ」、オレは、「風街ろまん」より、これら「ロックもどき」に、「ロック」を感じてしまうんである(少し表現を大げさにしています)。

 読後、上記のようなこと思ったからこそ、こうして、今、ひさびさに、GSばっか聴きながら、これ書いているわけで、買って良かった、読んで良かった。
 しかし、なんで、今のロックの人たちは、「風街ろまん」を超えるアルバムを作ってくれないんだろう。21世紀でっせ。実はこっちの方が、ずっと、ず~~~っと、問題と思うが。それとも、憲法9条みたいに、一位固定化されてしまった?・・・まさか。

2014年12月30日火曜日

ザ・タイガース・オンステージ

 つまり、こういうことである。この記事(http://www.yomiuri.co.jp/national/20141229-OYT1T50048.html)の写真、とか目にすると、「ああ、オレがジュリー(1968年当時の)だったらなぁ」と思うわけである。20才のジュリーだったら、なんとかなるかもしれない・・。

 それはともかく、もし、この記事のお方が、「パンが無いなら、お菓子を食べればいいじゃん」とかおっしゃられたら、もう、一生パンは食べません食べれなくてもかまいません。だから、と、オレは思うのである、マリー・アントワネットはひょっとしたら、ブスだったんかもしれんなぁ、と。

 アホなことはこの程度にしといて、続いて、ザ・タイガースの話である。もう、止まらんなあ。

 リアルタイムのザ・タイガースねたは、尽きた。いや、実際、一度、新幹線で乗り合わし、テンション、マックスになったことがあるのだが、さすがに、1970年あたりには、左卜全とひまわりキティーズの前では、当時のザ・タイガースはあまりにも無力であった。

「ザ・タイガース・オンステージ」である。5枚組CDには、「ザ・タイガース・オンステージ」からは、4曲しか入っていないんで、アルバムで聴く。
ザ・タイガース・オン・ステージ



 前回、終わりの方、ポップ・グループ書いたが、ザ・タイガース・オンステージを持ってきて、音的に、どっちがアバンギャルドでアナキーで騒音まみれで絶叫が多いか、いや、どっちが「狂気」か、で〆ようと思っていたわけである。

 ホンマ、ザ・タイガースはとんでもないグループなのである。

 一番最初のアルバムがライブ、ザ・タイガース・オンステージ、なのである。
 信じられない。
 1967年。おそらく、このアルバム発売と前後して、例のあやめが池事件で、コンサートに来た客が負傷し、それに関連するんか知らんが、NHKの出演が取りやめになり、以降、NHKから、締め出されることになるわけである。そう、ザ・タイガースは、ロックグループでも、歌謡曲のアイドルじゃない、ザ・タイガースという「事件」なのである。「ムーブメント」なのである。


 「ザ・タイガース・オンステージ」大音量で、いっぺん、聴いてみて欲しい。持っている方も、ヘッドホンで、今までより、30度はヴォリュームレベル上げて。絶対に途中何があっても、ヴォリュームレベルを下げないように、そして、いくら、耳が、そして脳が、この「音」から抜け出したいと思っても、じっとガマンし、おそらく、その凶暴で荒々しい、そして禍々しい「音」が脳天あたりから何から突き抜けていくなった時、その「音」、つまり、「絶叫」を受け入れた瞬間、はじめて、神々しいものにかんじられることでしょう ・・・オレはまだ、わからんけど。

 さっき、そうやって聴いたところだ。
 まあ、耳はキンキン、おそらく一時的に難聴になってしもうているのか、かすかに耳鳴りがする。
 
 こういう経験をしているもんだから、村八分の「ライブ」が名盤と云われても、観客の絶え間ない絶叫が無いもんだから、フツーに音楽やっているだけ、やんけ、もの足りない。

 グループサウンズの悪口を云われる時、必ず、引き合いに出されるのが、この大量の歓声、絶叫(どんな曲やっても、どんな下手にやっても、いい加減にやっても、同じ)なのであるが、この、絶叫、紛れも無く、ステージの上の、演奏しているザ・タイガースへ向けられたものであり、つまり、ザ・タイガースが産みだした「音」なのである。
 リードギター=トッポ、リズムギター=タロー、ベース=サリー、ドラムス=ピーときて、ライブの時だけ、絶叫担当=観客のみなさん、と考えた方がいい。絶叫を「演奏」のひとつと考えることができる。
 ザ・タイガースと同等以上のテンション持ち、同等以上のパワー使っているんはまちがいないのだから。

 いうか、ザ・タイガースファンのお姉さま方はもう、それができて、廻りの絶叫を聴きながら且つご自分も絶叫しながらも、ザ・タイガースの音楽、楽しんでいるわけで・・。

 リー・ペリーのダブやザ・ポップ・グループやノイズ系のバンドがいくら不快な音が入っているとはいえ、「ザ・タイガース・オンステージ」の「音の塊」に比べたら屁みたいなもんですよ。

2014年12月28日日曜日

Only the intense can dance without moving

 まあ、前回の補足。

 10才の男児にとって、ジュリー、というか、ザ・タイガースの出現は、これは、もう、とんでもなく、センエーショナルなことだったんだ。

 オレにとってのザ・タイガースの出現とは、テレビでの、「君だけに愛を」だった。

 しかも、直前、ゴジラ映画の併映で、「加山雄三って、カッコいい・・・」とほんのり思っていた10才児童にとって、「君だけに愛を」は、その後の人生を変えるような、できごとであった。だいたい、100分かけて、一人の女性を、ギターで何曲も歌いながら、ようやっと、口説けたか口説けなかったか、それでも、微妙なレベルの加山雄三に対し、ザ・タイガースはわかりやすい。

 ザ・タイガースは何百人何千人もの女性、それも若いもんばっか、をそもそも、観客に集めといて、登場するだけで、興奮状態に追い込み、「お~プリーズ」が始まったら、もっと、興奮するところをわざとピーのドラムスの合図があるまで、鎮めといて、いきなり、「君だけに」だ、ジュリーのヴォーカルで大爆発、しかも、たちが悪いことに、超興奮状態マキシマムにもってきて、ジュリーが観客の「誰か」を「君だけ」部分で指差すもんだから、指されたおんなのこ、おそらく、振り切れてしまって、おそらくおそらく失神ないしは発狂状態、他のおんなのこたちは、当然、次に「君だけ」の部分にジュリーに指差されることへの期待マキシマムでやはり、超興奮状態。ジュリーなんである。観客をコントロールしているのは。

 最初から最後までず~~~っとぎゃあぎゃあ叫んでいるだけだったら、「あーバカだ」で終っていただろう。
 
 沢田研二。どんだけ、モテんねん・・・こんなにモテる人間がこの世にいるわけである。
 当時、トクヒラカズコというちんちくりんの子にフラれたばかりの10才男子学童のオレは、冷静に、思ったわけである。

 加山雄三方式でトクヒラカズコにフラたオレは、もちろん、ジュリー方式をこれからの人生とることにした。一人のトクヒラカズコより、何千人何万人のカネムラキミコである。

 そして、今思うと、非常に不幸なことであるが、少々当時からマキャベリストであったオレは、思った。
 
 (オレもモテまくりたい・・・ジュリーになりたい・・)

 男子児童の中では、「君だけに愛を」あたりまで、ザ・タイガースファンは多かったが、同級生の女子の多数が、沢田研二のマネをワシらがすることを、かなり暴力的な方法で禁じたんで(なんで、オレがジュリーのマネをすると怒ったのか、未だに謎である)、あっという間に、ザ・タイガースの人気は男子の中で落ち、おーままままのテンプターズ、マネしやすく女子ウケのいい、井上順、マチャアキを擁するザ・スパイダースに人気が流れていった(もちろん、レコードを買ったりするとか、みんな夢にも思わなかった)。
 
 オレは、早くも地下に潜り、隠れザ・タイガースファンとなり、平気で「やっぱ、ジュリーは女のもんや、男はやっぱショーケンやのぅ」と腕を組み話したもんである。隠れキリシタンの気持ちもアンネ・フランクの気持ちも、ほんのすこしわかるのは、このためである。

 ただ、学年が変わり、小5になった頃(1969)には、ダッシュ猛烈100ダッシュ、ゴッゴーゴーゴーの小川ローザ一択という情けない情けない状況になった。しゃあない。

 しかし、告白するが、爾来この年になるまで、何度、人生の場面場面で、「ああ・・オレはなんで、ジュリーじゃないんだろう?」と思った・・いや、と希求したことであろうか?「ジュリーだったらなぁ」オレはジュリーじゃないからだ。

 ただ、最近の沢田研二さんを見て、スタイル、いやいやいや取り消します、単なる体重では勝ててるんかもしれん、とほんのり、思ったりする。




 しかし、申し訳ない。昔話がやたら長い長いこの老人(もう、認めて生きるもんね)のブログ、なんちゅうことか、The Pop Groupの新しいアルバムが出るらしいし(なんか、ウソであって欲しいデマであってほしい)、それ前に、Cabinet of Curiosities、という当時の音源いろんなところから集めたヤツが出た。

 歌詞はもうほとんどわからんし、ほんのり、あ、昔の過激派みたいなことゆうてはる・・程度。今だとさすがに、古臭いのである。

 1980年当時も今も、歌詞がうっすらわかる状態だが、音が大好き。

 もう、めちゃくちゃやればやるほど、過激な歌詞を叫べば叫ぶほど、古臭い歌詞なのに、なにやら、深い深い絶望、を感じるんで、大好きなんである。日本のサヨクやリベラルが大キライなのは、そこまで、絶望しきっていないからだ。つまり、本気じゃないからだ。だから、吐き気がするようなキレイ事で誤魔化そうとする。大キライだ。

 このアルバムに入っている方の「Colour Blind」、ライブ音源だが、「We Are Time」に入っているヤツより、いい。上のジュリーのことを書いている時、ずっと繰り返して聴いていた。

「Only the intense can dance without moving」という、部分、「君だけに愛を」のジュリーが指差す部分と同じ・・いや、ムリが過ぎるか、似たような感慨を感じる。
 
今日は今年一年のお世話になった感謝をこめて、強引にザ・タイガースとザ・ポップ・グループをつなげてみました。
 
Cabinet of Curiosities

2014年7月12日土曜日

祝小川復帰そして祝「アタック・シューベルト」発売

 小川復帰。でも、負けた。でも、よかったよかった(http://www.yakult-swallows.co.jp/game/20140712.html)。

検診に行った。もちろんちゃんとした結果はまだわからんが、体重と腹回りでデブと云われんようになった。水泳のおかげ・・なんだが、なんで、一昨年から昨年にかけて、一年ほどで10キロ近く太ったのかは、原因不明。ちなみに、水泳除くと、喰うものも喰う量も一昨年から体重が増加した昨年まで、そっから水泳を始めても喰うものも喰う量は今日の今日まで一緒である。代謝機能の低下、ちゅうやつなのだろうが。人体の神秘、ちゅうやつなのだろう。



最近は、大昔買ったトロージャンの3枚組ボックスセット、持っているヤツ全部iPhoneに入れて、クルマでランダムの曲順で聴いたりしている。

オレの場合、ともすれば、一曲を集中して聴くタイプなんで、たまにこうでもしないと、リフレッシュでけんのだ(もちろん、リフレッシュする必然性まったくないが)。

なにせ、33ボックスセットで約1600曲弱。聴き流すのだが、そいでも、ひっかって耳に残り耳から全身に廻り、身体が要求するもんだから、聴き直しを繰り返し、離れなくなってしまう曲も当然ながら、ある。
そーゆーのを2,3、ちょっと抽出してみる。

モッズボックスの「Nevada Joe」(Johnny Lover & The Destroyers名義)はモッズっぽくカッコええなぁ、
とか、スカボックスの「Carry Go Bring Come」(Justin Hinds & The Dominoes)はやっぱ胸キュンするわ、
とか、ロックステディボックスの「You're Gonna Need Me」でのErrol Dunkleyのまだガキの声に持って行かれそうになるわ、
ラヴァーズボックスの「Rich In Love」(Glen Adams)の何の変哲の無さフツーさにノボせるわ、
大歌手ジョン・ホルトの1969年「Ali Baba」もカッコいいリズムトラックにアラビアンナイトのアリババの話の歌詞(プリンセスとレゲレゲしたみたい・・)不可思議な気分になるわ・・・・・・

・・・・と、ほほんとしてたら、中村晃子の「アタック・シューベルト」(昭和46年)というアルバムがついに、ついに、ついに、CD化された。
アタックシューベルト(紙ジャケット仕様)

このアルバムに中村晃子の「白い恋の炎」(昭和46年)という曲がある。
その筋でエラく持ち上げられていたものの、中古ですら、ほとんど手に入らず、2009年ようやっと「ジャパ・ヨーガク ~バババ~」というコンピでようやっと、日の目を見た。
ジャパ・ヨーガク~バババ~ [Compilation]

「白い恋の炎」(バッハ、トッカータとフーガニ短調BWV565をもとに作曲編曲が北村得夫・作詞は橋本淳)、もうぶっ飛びまくり、思わず、エマーソン・レイク&パーマーの「展覧会の絵」がオレの心のなかではオクラ入りしたほどである。
それでも、このコンピ、曲と曲をノンストップで繋げたヤツなもんで、厳密には完全版ではなかったのであーる。バッハの分際で見事に1971年の東京、60年代という時代の嵐が過ぎ去ってしまったクラブの雰囲気をこれほど見事に描写できるとは。




ちなみに、ジャパ・ヨーガク~バババ~ [Compilation]の評(にもなっていない)拙文がhttp://raijun.blogspot.jp/2009/09/blog-post_5004.htmlに残っている。

2014年4月5日土曜日

19安打打てば楽して勝てる筈なんだけど

 東京ヤクルトスワローズ、勝つには勝ったが、フツーの敗戦の少なくとも4倍は疲れた勝利であった。最終回のカーペンター、1点に抑えたのは、100%運だけだぜ。  

 ジャッキー・吉川とブルーコメッツの問題作「G.S.R」。1,971年。
 グループサウンズ(GS)の有名曲をのカヴァー集なのだが、音が凄い。
 これぞ、ポスト・GSであり、メタ・GSである。そして、もっとスゴいことに、(当時の)ロックのパロディにもなっている。
 カヴァー集なんで、どの曲の歌詞にもメッセージなど見当たらないが、このアルバムほど、その音から、メッセージをビンビン感じたアルバムは無かった。
 そのメッセージを関西弁でオレなりに解題すると、「あんたらが崇拝してる欧米のロックの音なんか、ワシらが出そうと思えばすぐ出せる、その程度のもんやんけ」となる。
 当時、このアルバムが黙殺に近い扱いを受けたのは、不幸だと思う。ジャッキー・吉川とブルーコメッツにとって不幸なんでなく、ワシら聴き手にとって不幸なことだったんである。
 1971年、まさに時代の分岐点。
 
 

2014年4月4日金曜日

4月4日と須藤薫についてちらほらと。

 やめるのは始めるより難しい、とか思ったりする。

 Lサイズ、もう着れないし、おそらくこれから一生着ることもないんで、Lサイズやウェスト79センチのユニクロ製のヤツハーバーランドのユニクロに持っていく。リサイクルボックスというのがあったんで、そこに入れておいた。まあ、こういう感じでリサイクルされるみたいだ。オレのはまあ、ぬいぐるみの中に詰められる程度かもしれんが、まあ。しかし。
ユニクロ製は二度と着ない(恨みがあるわけでなく、単にXLもLもカラダに合わないから)と思っていたのだが、さすがに、店内のレイアウトとその商品揃えに騙されて、つい、ロングサイズブリーフちゅうの買ってしまう。

急激に寒くなる。
東京ヤクルトスワローズで唯一勝てる投手小川が投げたんで、勝つ。金村某に「1強4弱1圏外」といわれ、例年なら、「何を!!」となるんだが、今年ばっかは頷かざるえない。だいたい、バーネットもケガで戦線離脱するし。まあ、オレはバーネット突然キレたようになるから、抑えとしては向いていないと思うから、まあ、エエけど。

須藤薫「TENDER LOVE」、クルマの中で聴く。

 須藤薫(http://ja.wikipedia.org/wiki/須藤薫)のアルバムはこれが始めて。昨年3月亡くなった須藤薫、ファンの方なら、もっと先に聴くべきアルバムある、とお思いかと思うがしゃあない。「つのる想い」(http://www.dailymotion.com/video/x6nvcs_つのる想い-須藤薫_music)に惚れてしまった。

数年前、
音壁JAPAN
という和製フィル・スペクターサウンドばっか集めたオムニバスで一番回数聴いたのは、須藤薫の「つのる想い」であった。もちろん、「夢で逢えたら」「雨は手のひらにいっぱい」「ドゥー・ユー・リメンバー・ミー」なんかは、もう、さんざんハマった後ということもある。最初聴いてから、もう夢中になって聴いた。

ひょっとしたら、このオムニバスで一番「ドゥー・ユー・リメンバー・ミー」や「夢で逢えたら」と並んで、フィル・スペクターフィル・スペクターしてるんじゃないのか?

もちろん、これが80年代初頭なら、全然ビックリせんかったが、1989 年なら別だ。しかも、大滝詠一や山下達郎杉真理なんかの作曲なら、ビックリせんかったが、なんと、あの小西康陽。ピチカート・ファイヴの人だ。
 ビックリ、ビックリでいつかアルバムも聴いてやろうと思っていたのだ。

で、アルバム通して聴こうとしても、どうしても、いつのまにか、「つのる想い」ばっか聴いている。他の曲は、「つのる想い」ほど徹底してフィル・スペクターしていない感じがした(まあ、当たり前と云えば当たり前)。


須藤薫・TENDER LOVE





 
  1. Tender Love
    11はBONUS TRACK



    1. つのる想い
    2. Sugar Romance
      • 作詞:神沢礼江/作曲:和泉一弥/編曲:小西康陽
    3. 春の陽射し
    4. トーチ・ソング
    5. ふたりのシルエット
      • 作詞:須藤薫/作曲:新井正人/編曲:小西康陽
    6. 最後のD.P.E.
    7. おねがいラヴァーマン
      • 作詞:神沢礼江/作曲:篠原太郎/編曲:小西康陽
    8. 恋のマニュアル・ブック
      • 作詞:林勇/作曲:篠原太郎/編曲:小西康陽
    9. 去年の夏
      • 作詞:林勇/作曲・編曲:小西康陽
    10. 冬のゴスペル
      • 作詞・編曲:小西康陽/作曲:篠原太郎
    11. さよならYESTERDAY
      • 作詞・作曲:児島由美/編曲:小西康陽

2013年8月7日水曜日

伊東ゆかり 恋する瞳 サンレモ音楽祭 1965 L'amore ha i tuoi occhi - Yukari Ito - 1965

 立秋。こういう暦、もう日本じゃ通用しなくなっているような気がする。


またもや、最終回、バーネットが例によって例の如く炎上しかかるも、藤田太陽君が抑えてくれて、逃げ切る。まさに、奇跡。藤田太陽といえば、阪神タイガースに入って2,3年、シーズンが始まるまでは、スポーツ紙では絶賛の嵐、第一面何度も飾っていたことを思い出す。
泳ぎに行く。ちょっと、別んとこ行ったろか、と思ったが、この暑さだ、いつもんとこ。5分の間に25メートル×2泳いであと休み、というペースで、1時間ほど。



月曜日、ラジオつけたら、伊東ゆかりでは一番好きな曲、「恋する瞳」(二番目はもちろん、「グリーン・ジンジャー・フライング」)が流れてきて、ぶったまげ、ヴォルームいっぱいにする。伊東ゆかりの唄に集中し、その世界にずっぽり入り込む。大昔、昭和歌謡にハマり込んでいた時書いたと思うが、サンレモ音楽祭に出場するために、イタ公に作詞作曲(作曲GORNI KRAMER作詞PALLAVICINI VITO)させた、暦とした伊東ゆかりのオリジナルである。

1965年のサンレモ音楽祭に17才の伊東ゆかりが和服着て殴りこみ、堂々と歌い上げる様は今も感動する。伊東ゆかりの声の、太めのピアノ線がギューンとしなりながら伸びていく感じ(ワケのわからん喩えだが、ホンマにそうなんだから仕方ない)、たまりまへんわ(https://www.youtube.com/watch?v=j4_cdgvUb4Q




 もちろん、日本でレコードになった日本語歌詞(あらかわひろし音羽 たかし)の方、月曜日聴いたのであるが、この歌詞がまた、すばらしい。。
 こっちは、http://youtu.be/u1QtHemv3to とかで。

2013年1月2日水曜日

でも、やるんだよ!!!


 あけましておめでとうございます。

 冥土の一里塚、めでたくもあり、めでたくもなし、の年齢の深みにどんどん入っており、みんな英会話とか有意義なこと始めてるというのに、オレは、ほんま、エエ年こいて、プロ野球や音楽の感想を単に書き殴るだけの、このブログやっていていいのか、と思うこともある。100%、無意味で時間の浪費、「でも、やるんだよ!!!」。
 
 念願の朱里エイコのボックス、年末届いて、以来、聴きまくっている。

 ああ、なんで、もっと早く買っておかなかったのだろう。なんぼ安いからちゅうて、毛唐ロックの廉価ボックスなんか買っている場合ではなかった。


 よく、スゴい音楽聴いての感想に、トリハダが立つやらなんやらの定型文があるが、あれは、ウソである。
 トリハダが立つちゅうのは「戦闘態勢」に入っとるワケで、聴いて警戒させる音楽がスゴい音楽のわけないだろう。或いはその音楽が北風びゅうびゅう冷たいのかもしれん。たしかに、体感温度を下げる音楽、それはそれでスゴいが。

 ホンマにスゴい音楽ちゅうのは、その音楽のすべてを自分の中に取り込もうとするがあまり、トリハダが立つどころか、全身の毛穴がでも音を取り込もうと、パカーっとだらしなく開くから、身体の筋肉は弛緩状態、つまり、非常にリラックスした状態になる。口は半開き、よだれダラダラ垂れ流してるのも気がつかず痴呆状態、発する言葉はせいぜい「ホエホエ」がやっとのデカパン状態、みんなも、そうでしょ?
 
 密かに、朱里エイコはオレの中の昭和歌謡三大歌手の一人である。と思っている。弘田三枝子、青山ミチ、そして、朱里エイコ。まあ、三大歌手というか、単に、メチャクチャ好き、ちゅうだけだが。
 
 いわゆる「パンチ」を利かす歌い方がカッコいいのもあるが、それぞれ彼女たち固有の「リズム」を持っており、ノればノるほど、楽曲のリズムとは異なる自分のリズムがもたげ、その微妙なズレがたまらない、のである(例によって、ワケのわからんこと書いてあるが、この一行2時間考えて導きだしたもんである、合掌)。


 オレはいくら好きであっても、その歌手や俳優の私生活に対しては、下半身のスキャンダル以外ほとんど興味を持てない人間であるが、まあ、みなさん、検索していただくとわかるが、これほどの歌手が当時の日本では、いくつかのヒット曲の後は不遇な状況であったみたいで、心がいたむ。まあ、当時は日本はまだ発展途上国で闇市とかでみんな貧しく生活するのがやっとの時代であったから仕方無い(もちろん、皮肉です)。
 
 それなら、「今」、この10枚組ボックス、ばんばん、オレが聴いてやる、とリキまんでも、いつの間にか、聴いている今日このごろ。


 ちゅうことで、久々の歌謡曲。「でも、やるんだよ!!!」

2011年5月30日月曜日

こりゃイカン

 スワローズはまたあかんたれになってしもて。
 ハードディスク買うんでAmazonいろいろみてたら、何故か、歌謡曲のCDとこばっか見てしもうて、ついに青山ミチのポリドール時代のゴールデン☆ベストが出ていたんで興奮し、加速度がついて、中山千夏に、千賀かほるやら、思わずヨダレたらたらもんがごっそり、いつのまにか、売っていた。それら全部クリックしカートに入れ、ついそのまま、買ってしまうとナンボ何でもアカンので(過去、そいで、何度も痛い目にあいました、つい気がデカくなるのはなんでなんで?)、ワン・クッション置こうちゅうことで、今回は、欲しいCDのリストアップをすることにする。

 中山千夏と千賀かほると青山ミチはまあ、今日にでも注文するが、ほかは、まあ、おいおいと。

 あ、あ、あああ。それよりもなによりも、2TBのハードディスクが6,180円!もうココまで安くなったらDVDなんかイランなぁ。


"Western Digital Caviar Green 3.5inch 5400rpm 2TB 64MB SATA 3.0Gbps WD20EARS" (WESTERNDIGITAL)

 そいじゃ、リストアップだけ。中山千夏と青山ミチはもう待望の待望の、といっていい。青山ミチのは後期のクラウン時代のが随分前に出ておったのだが、やっぱ、1962年デビュー時からのポリドール時代ちゅうのは、今からもう聴きとうて聴きとうてタマラン。

 "ゴールデン☆ベスト 中山千夏" (中山千夏, デュークエイセス&中山千夏)

 

"ゴールデン☆ベスト 青山ミチ" (青山ミチ)


"千賀かほる ゴールデン☆ベスト" (千賀かほる)


"ゴールデン☆ベスト 伊東きよ子 シングル・コレクション" (伊東きよ子)


"ゴールデン☆ベスト" (荒木一郎)


"荒木一郎 プライム・ベスト" (荒木一郎)


"本間千代子 ゴールデン☆ベスト" (本間千代子)

 

天地総子のこんなのも出ている。

"天地総子と東京ブギウギ+8~天地総子コロムビア・イヤーズ~" (天地総子)

 あと、おおおおおおお! 辺見マリのオリジナル・アルバムが3点復刻しとるがな。


"マリとあなたの部屋+3" (辺見マリ)



"20才の女+1" (辺見マリ)


"太陽に走る女+真夜中のファンタジー+2" (辺見マリ)

 あと、悩ましいのが、西田佐知子のベスト・セレクションといしだあゆみのゴールデン☆ベスト。持っていない音源が1,2曲という感じだが、まあリストアップだけは。


"初めての街で~西田佐知子ベストセレクション~" (西田佐知子)


"ゴールデン☆ベスト" (いしだあゆみ)

 あと、まあ、6月発売なのだが、忘れるとアカンので、一応。


"潮風の季節~コンプリート・コレクション" (朋ひろこ・田代麻紀, 朋ひろこ, 田代麻紀)


"恋のチャンス~コンプリート・コレクション" (ポピーズ)

 

 ちゅうことで、まあ、忘れたら困るんで。リストアップだけ。


"PENTAX デジタルカメラ Optio NB1000 モノトーン ナノブロックボディ 1400万画素 27.5mm 光学4倍OPTIONB1000MT" (ペンタックス)

2011年2月23日水曜日

今日聴いたアナログ 「ユートピア」

 ホンマ、震災は怖いで。地球なんか、「救ったり」「守ったり」「優しく」するもんやないで。もっともっと、怖くて強いモンやでぇ。
 
 あかん。あかん。
 歌謡曲聴き始めて、いつかはこういう事態に陥ることを危惧していたのだが、訪れる春の予感に惑わされ、ついに、松田聖子「ユートピア」「Canary」のアナログ、ハードオフで105円で購入してしまった。世代が世代だけに、どっかで聴いているのであろう、懐かしさも手伝って、けっこう、「ユートピア」繰り返して聴いてしまった。


 唄はうまいのはエエのだが、なんかもう、松本隆の作詞に、細野晴臣やユーミンや来生たかおや甲斐よしひろや杉真理や財津和夫やら(あの上田知華さえも!)が、よってたかって曲作って、せっかくみつけた金づる・・・もとえ、素材松田聖子に対し、必死な感じがしてしまう。そいでも、松田聖子はけろっと自分の世界にひきこんでしまいあっさりと次から次へと歌う、というより、「曲をこなしていく」ようにオレなんか思ってしまうから、イヤやねん。松田聖子は、歌が巧すぎて、ワシらみたいな聴き方をする人間にとっては、なかなか、曲聴いていても、ハマる「とっかり」がつかめないのである。松田聖子の「声」が好きだったらええのだが。

 B面の一曲目「ハートをRock」、フィル・コリンズ版でもオリジナルのスープリームスでもええから、すなおに「恋はあせらず」カヴァーさせたら、凄い出来になる予感がするが、「恋はあせらず」に変に似せた中途半端な甲斐よしひろのオリジナル曲で歌わすもんだから、変な感じになっとって歯がゆい(こういうところから、印税がそんなに欲しいのか、とワシみたいにひねくれ者は思ってしまうのであーる)。

 
 昭和58年(おお、オレはまだ大学生だったのだ!)のアルバム。 そうやって、松田聖子は、団塊の世代と結託し、ワシら世代やその下の世代から、なけなしの、お小遣いやバイト代、ふんだくっていったのだ。
 松田聖子ならびにファンの方、ならびにその関係者の方々には申し訳ないが、まあ、レゲエばっか聴いてアホになった初老の男の戯言である。犬に噛まれたと思ってガマンしていただきたい。
 
 
 

 

"ユートピア" (松田聖子)

 「秘密の花園」、ちゅうて、海の入江の話だったのね。この歌詞、なんか、岬もでてくるし、きっと、フロイト的に解釈したら、メチャクチャ、エロいのかもしれんが、それって、サブミナル効果ちゅうやつちゃうか??? 

2010年11月13日土曜日

心の痛み/朱里エイコ

 女子バレー、ブラジルに惜しかった。でも、まあ、ようやっと、ロシアとアメリカ、ブラジルといった、ワシらが知ってた頃の強い日本の女子バレーのホンマの「ライバル」国を相手にできるようになって、エラい。 あとはX攻撃の完成を待つばかりである。

 昨日の朝、青キップ切られてしもた。朝の混雑した千守の交差点で、黄色で交差点進入したと思ったが、もう赤になっとったらしく、その瞬間、ぴゅーっとどこからともかくパトカーが来た。おかげで、生まれて初めて、ハイブリッドカーに乗せてもらえた。税金納付の月に反則金9,000円は痛いが。


 このところ、アナログばっか聴いとる(ついにMCフォノアンプ買うてしもうたがな)聴くついでに、LogicExpressで96の24で取り込んで、MacのiTunesに入れて、という作業をしようと思っているのだが、まだまだ、試行錯誤の連続で、時間ばっかかかって、ようやっと納得いく音でiTunesに持ってこれたと思った時には、一曲なのに小一時間は経っとるという次第。曲の頭出しが難しい、というレベルであるが。それよりなにより、アナログで聴くと、ホッとするというのかなんなのか、そうしたヤヤコシイ作業面倒くさくなって、そのまま、レコードを何度も聴いたりしとる。

 それにCDではそんなことなかった曲がアナログで聴いたら、凄かった、というのが多々あり、例えば、朱里エイコの「心の痛み」(昭和47年作詞山上路夫作曲鈴木邦彦)という曲なんか、途中、朱里エイコの声が、あまりにもの感情移入に、ついにはピークメーター振り切りまくり、ついには声が「歪む」とこまで行くという凄まじさを感じさせるとてつもない曲、というのがわかったりした(YouTubeでみつけた下もアナログベースだから、1;15−20、2;50−55あたりの凄まじさを体験できるであろう)。



2010年10月13日水曜日

小泉今日子の「東京ディスコナイト」なんぞにハマってみる


 このところ、風邪をひいとる。喉が痛くなってそれが治ったら鼻がアカンようになって、今は咳が出る。困ったもんだ。


 ぼーっとしながら、スクーターズの和製モータウンサウンドを聴いとると、これまた、熱っぽい頭に、ええ感じである。


 甲高い声、気張った早口、そして「速く飛んできてよ矢のように」ちゅう日本語歌詞を持つ「あたしのヒートウェイブ」(もちろん、マーサ&バンデラスの「HeatWave」のカヴァー)はちいいとばかし、シンドイが、「オー・ハニー」とか声のあやふや感とか、バッチし決まった部分より、若干ヘタれているなぁ、ちゅうところが風邪でぐしゃぐしゃの脳味噌にはここちよい。

 スクーターズ、80年代初頭、日本でもニューウェーブやなんやらちゅうてピコピコやってた頃のガールグループらしいのだが、詳しくはよくわからん(http://amazons20.jugem.jp/?eid=338)もちろん、リアルタイムでは知らん。オレが知ったのは下のアルバムが発売されてから、である。
 
 聴いたとき、もう、モータウンなら、もう、なんでもアリの世界に驚いたものである。日本にこの手のガール・グループがあと30ほどあったら、オレの80年代もシアワセだったのに、と本気で思う。それと、当時のこうしたグループが出てくるたんび、近田春夫や大滝詠一や細野晴臣や坂本龍一やらの悪徳プロデューサー派の毒牙にかかって台なしにされておったわけで、よくぞ彼らから逃れて、自分たちの好きな音楽を自分たちなりに消化した音にしてたもんだと思った。  

"コンプリート・コレクション" (スクーターズ)

  YouTubeでもしや現物のライブとかあるかもしれんと調べてみたら、さすがに無かった(注 その後、みつけた!!)。 実際、彼女らのルックスがどうなのか、気になるのだが、それが果たせず、残念無念。



 ライブ映像どころか、ヒートウェイブやら涙のブレイク・アウェイ(多分、これ、ジャッキー・デル・シャノンのカヴァーじゃないかと思うが確信なし)もみあたらない。  スクーターズの「東京ディスコナイト」  


 なんと、92年に小泉今日子がカヴァーした「東京ディスコナイト」の動画が出てきた。



 かっちょいい。
 これが入っているアルバム、ちゅうのが、下。さすがに廃盤か。

 "BANBINATER" (KOiZUMiX PRODUCTION)

2010年10月3日日曜日

美空ひばり  むらさきの夜明け


いつのまにか、YouTubeから直接Bloggerへこうして更新かけることができるようになっていた。

 美空ひばり苦手なオレが一番好きな「むらさきの夜明け」の動画である。

 万が一、検索エンジンで「美空ひばり」でここにたどりつかれた方には、申し訳ないが、彼女が12歳の時の主演映画「悲しき口笛」を、不用意に観てしまって以来、美空ひばりのある種の声には「嫌悪感」をいだいている男が書くことである、不躾をお許しいただきたい。
 無知を哂っていただきたい。無礼をお叱りいただきたい。

ただ、「むらさきの夜明け」(作詞:吉岡治 作曲:原信夫 1968年 あの「真赤な太陽」のB面)は大好きな曲で、西田佐知子「涙のかわくまで」並に100回以上は聴いてるので、その動画が見つかった、ということで、興奮した。

最初見たときは、バックダンサーのお姉ちゃんが踊っているシーンから、画面のよこから、植木等並にヒョイっと現れて以来、一歩も足を動かさず上半身だけをくねらせて「踊る」(間奏部ちょこっと2,3歩レベルだが、ステップ踏む)、この美空ひばりの「珍妙な」といっていい手をあれやこれや動かす「振り」というか、踊りというか、一仕事おわった海女さんが男たちの地引網引っ張っているのを応援しているような感じだ。バックダンサーたちの動きもなにか奇怪である。彈けているようでいないようで。

ただ、例によって例のごとく、何度もこの動画リピートして観ていると、どんどん、主語のない、メッセージがあるようなないような、イメージが絵画的なような言語的なような、不思議な、でも、素晴らしい歌詞が作り出す世界に惹きこまれ、また、あのうねりまくったビートの演奏にどんどん酔わされ、もちろん、美空ひばりのこの曲でしか聴くことのできない唄い方にノせられ、最後の最後、美空ひばりが、ぱっと手を広げて終わるときには、「カッチョいい!」と思うようになり、遂には(つまり「今」だ)、この曲とバックダンサーズの動き、そして、美空ひばりの声、そして「振り」というか「踊り」が、びしっと一つになって、いつのまにか、涙が出てしまっている。すばらしい!(口パクかもしれへんが、ひばりの踊りに比べれば小さなことである)

ただ、オレが「柔」や「悲しい酒」とかに涙するような段階に達する頃は、多分、日本という国が世界地図から消えている頃であろう、ということもわかった。遠い先かもしれんし、案外、すぐかもしれん。

「かっこいいことはなんてかっこわるいことなんだろう」であり、同時に「かっこわるいことはなんてかっこいいことなんだろう」である。

なんで、トウトツに美空ひばりの「むらさきの夜明け」なのか、といえば、下のアルバムのことを書こうとして、2曲目の「むらさきの夜明け」で止まってしまったからなのであった。このアルバム、ボーナストラックとして「ボーイハント」「大人になりたい」「ヴァケーション」が入っているのだが、82年のライブからのもので、かなりリラックスして歌っており、弘田三枝子や伊東ゆかりの最強ヴァージョンに殴りこみをかけるようなものでなく、安心した・・・何を「安心」しているのかわからんが、あのひばりが本気でヴァケーション唄ったらどうなるか、を想像したのである。

はたして、ワシらに「むらさきの夜明け」はやってくるのであろうか?




 







"ひばりと太陽" (美空ひばり, ジャッキー吉川とブルー・コメッツ, 津々美洋とオールスターズワゴン)


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