藪で新蕎麦、たらふく、喰う。税込みで4000円弱。今日が初日。
蕎麦、大ザルで出てくる。おかわり自由で、そばがき、天ぷら、あと、卵、大根おろし、やまかけの器もついてきて、出石そば風にも喰える。蕎麦、2回おかわりしたから、おそらく、食後の胃の感覚から推計するに、せいろう蕎麦換算で6ざるほど喰ったのでは。もう、11月に収穫したという新蕎麦喰ったんで、至高。
関東は昆布だし文化じゃないので、塩と砂糖と申し訳程度の鰹だしで、舌がバカになっているんだろう、和食のみならず、中華洋食フツーに不味いもんばっかで、驚くが、蕎麦天ぷら鰻寿司は、価格を度外視すれば、やっぱ、旨い。云うなれば、江戸の400年(260年)の平和が生み出したのは、これらの食いもんと、らんちゅうやらの金魚と朝顔ぐらい。鳩時計は生み出せなかった。浮世絵とかあるけど、明治に入ったら、ほかして燃やすわ、外人に売りとばすわ、価値は、当時の日本人には、わかんなかった。つい最近になって、それも、外人がスゴいいうもんだから、その気になってるだけ。ほんとにスゴいものなら、明治維新ぐらい乗り越えているはず。時代のせいにしたらアカン。単に感性が鈍かったのは否定できない。
しかし、国道沿いに住んでわかったことは、実は「ヤンキー」は滅んでいなかったという恐るべき事実である。まだ、バリバリやんけ!
爆音というか轟音というか、うち、木造家屋なんで、家の前通ると、エンジン音と一緒に家全体が共鳴するから、困る。
しかし、ヤンキー、下手すれば50年以上も、その「ヤンキー的なカッコ良さ」を継続させて来たわけで、根性はある。渋谷のハロウィンも早晩、今の成人式がそうであるように、ヤンキーによるヤンキーのためのイベントになるだろう。
まあ、隣の高校が、ヤンキー、それもかなり強力なヤンキー校(おおおお!!!うまい表現を思いついた!)であったし、その高校のライバル校(注 高校ではない)も存在してあれやこれややっていたみたいなので、以来、いかに「ヤンキー」及び「ヤンキー的なもの」を遠ざけるかが、オレの人生のテーマとなったことは、みなさんご存知のとおり。そう、ヤンキー全盛時代、「非ヤンキー的な不良」をやる、というのは、苦労するものなのだ。
しかし、その後の人生でヤンキーがいない筈の場所(例えば、大学、会社、その他いろんな集団)にいると、いつの間にか、そこが「ヤンキー的なもの」、つまり、ヤンキー的な価値観、に支配されていることがある。
そういうときは、気が付かれないように、そっと、去ることにしている。
メリットもあって、ニューヨークでもジャマイカでも、バリでも台湾でも、「あ、ここヤンキーっぽいな」と思ったところは、近づかないか、早々に立ち去ることにしてたので、かなりヤバいと云われる地域に踏み込んでも、安全に、おいしいとこだけ、味わうことができたりした。そうなのである。実は、ヤンキーは世界中におる。ヤンキーがアメリカにもおるのは驚きだった(ちょっとベタすぎる洒落)。
・・・いつものオレなら、ここから、日本歴史や世界歴史を遡り、「ヤンキー的なもの」で再構築し、その「ヤンキー的なもの」を徹底的に罵倒し悪口いい、勢いづいたところで、そのパワーを今度は、自らに注ぎ込み、「わが内なるヤンキー的なもの」をえぐり出し、「ま、しゃあないな」という結論に持っていくとこだが、しんどいので、それだけのパワーあらへん、ま、しゃあない。
・・・果たして、素盞嗚命が、ヤンキーの始まりなのだろうか? われわれ日本人は、まず、そこから、もう一度歴史を考えてみるべきなのだ。