"ヘアピン・サーカス [DVD]" (西村潔)
東宝、1972年。西村潔監督、現役レーサーだった見崎清志、女優は江夏夕子・・・というより、主演女優トヨタ2000GT、主演男優サバンナRX-3助演セリカとアルファロメオのなんちゃら友情出演にマカオGPに出場されてたフォーミュラカーのみなさん、という方がふさわしいぐらい、のクルマの映画である。
60年代でも日活でもない。んで、あーんまし期待しないで観たら、これが。
ひょっとしたら、凄い映画かもしれん。
いや、凄い映画である。
だいたい、クルマ同士のラブシーン、いや、セックスシーンちゅうの、生まれて初めて観た。
最初タイトルバックに夜の首都高をもうエゲツない運転で堅気のトラックやらタクシーやら を蹴散らしながらぶんぶん云わしながら、疾走するシーン。このリアリティのスゴさ!
かつて、腕に覚えのある(自称)ヤツのクルマ、助手席に座った時の、恐怖を思い出したほどである。「おまわりさーん!」の世界である。「せまい日本、そんなに急いでどこへいく」の世界である。「注意一秒ケガ一生」の世界である。いや、今夜でも、免許取り消し覚悟で阪神高速乗れば体験できそ・・・嘘です。まだ、死にたくありまへん。
まあ、あたりまえで、ホンマに72年か71年の首都高、サクラ使わず、堅気のクルマが走る中、カメラ載せてぶっ飛ばして撮っているだけなのである。
まあ、ストーリーちゅうのは、要は自動車教習所の教員とその生徒(女)とのラブストーリーになるのか。二人は終わるまで、ベッドシーンはおろか、キスひとつしない。二人の会話だって、男の方はあくまでも、教習所の教員レベルで安全運転のことばっかししか女に云わないし、女は女で、教習所で邪険にされたこと根に持っているしか見えないようなことしか云わないのだから、不思議といえば不思議である。
男はかつてレースで親友を殺してしまったのをうじうじ悩んでるみたいな感じなのだが、女は調子にのりまくってる。免許取って1年にもならないのに、クルマ三台乗り潰した挙げ句、ついには、イエローのトヨタ2000GT(このクルマがどれほど高かったか、はリンク先)に乗って、男3人従えて、夜中、暴走しては、ちょっかいかけてくるクルマを煽って本牧埠頭のヘアピンカーブまで引っぱり、そこで、事故らせては喜んでいるというタチの悪さである。73年以降の映画だったら、もうさらしに特攻服着てクルマはど紫に塗られて旗振っている世界だが、そこは幸いまだ72年、お嬢様お坊ちゃまファッションである。
そいで、ストーリー。ただ、一度だけ、女の方から、「キスして」と云った瞬間から男は徐々に本気になって、ようやっと、サバンナRX3(ケンメリGTRをレースから葬ったクルマだ、不人気だったけど)に乗って、女の2000GTを追いかけ始める。
90分ほどの映画、後半30分ほどかけて、クルマ同士のそれこそ「愛の世界」が描かれるのである。
この30分、オレはまったくその映像の世界に入り込んだ。彼女のおつきの2台のクルマと1台の750を葬ったあと、ある瞬間から、胸がキュンとなるほど、すばらしい、トヨタ2000GTとサバンナだけの世界がひろがる。ここばっかは、何書いてもしゃあない。感じるか感じないかの世界である。
あ、そいと、あんましエエ女とも思わなかった江夏夕子がある瞬間からスゴくエエ女に思えたし、同様にエエ男と思えなかった見崎清志も最後凄くエエ表情見せた。
俳優のアラが飛んでしもた。やっぱ、凄い映画であろう。 ちょっと手を伸ばせば届く程度の世界からごく自然に手が届かないとてつもない世界へ遷っていくのだ。
見終わって、不思議に、スコセッシ監督デ・ニーロの「タクシードライバー」を思い出した。サックスと夜の町、ぼやける街の光を背景にクルマという単純な連想だと思うが。そいで、「タクシードライバー」ちゅうのは、ひょっとしたら、イエローキャブとタクシードライバーの「愛」の物語だったんかいな、とか思った。 「タクシードライバー」はこの映画の4年も後、1976年の映画である。
そいと、72年当時の首都高やらヨコハマの町やらチェックしたかったが、元町以外、どこがどこやらわからんかった。まあ、それは後の楽しみにとっておこう。矢作俊彦の「マイク・ハマーへ伝言」はこの一年後あたりのこうした町や道路が舞台になっているんだなあ。
かててくわえて、オレがこのDVD買った、本来のお目当ての笠井紀美子、唄いもせんし、ちょろっと出てきただけであったが、まあ、もう、今やどうだってええことであるが。