2016年10月12日水曜日

あるいは、私はいかにして心配するのをやめて、音楽を愛するようになったか

 10月もあっという間に、半分近い。つまり、納税せなあかん時期が近づいており、このいらいらを、民進党への悪口で解消しようと思ったけど、そもそも、今後一切投票するつもりないから、気がそがれる。悪口には、愛情が必要なのである。
 で、しゃあないから、ぐだぐだと、おっさんの昔話をすることにする。
 以下読んで、例によって、君もしくは君のメンバーが捉えられあるは殺されても、当局は一切関知しないから、そのつもりで。成功を祈る。なおこのテープは自動的に消滅する。ぶわがぶわーーーーん。


   実をいうと、音楽にハマり始めた、というのは、会社入ってから、のことである。たしかに、中学高校浪人大学と音楽は聴いていたが、そもそも、グループサウンズが、霧散してしまった時代、必死に、グループサウンズっぽいのは求めてた、という勘違いの権化みたいなとこがあって、ピンクフロイド聴いてもレッド・ツェッペリン聴いても、グループサウンズじゃないことに、腹を立ててた。何してたんかな、と思う。

 会社入ってから、である、音楽にホンマにハマるようになったんは。
 まあ、その契機となったのは、入社した会社におった、ウエムラ(仮名)とノモト(仮名)の両名の影響としか、思えない。
 この二人は、音楽にどハマりしてたわけじゃなく、いわゆる、酒豪、だった。なんぼでも、アルコール呑めた。オレのように、高校時分から今の今まで、中ジョッキ一杯が限度、というわけではなく、おそらく、際限なく、呑めた。
 金曜日の夜飲みだして、渋谷界隈を何軒もハシゴして、飲める店がやっているというので、新宿までタクシー飛ばして、朝というか、午前中、飲み(午前中から飲ませる店が新宿にはゴロゴロしてたのだ!)、さすがにオレはその時点で脱落したが、彼らはその後も飲み続け、結局は再び、渋谷に戻って、もう一度同じコースで終電まで飲んだという逸話もある。

 まあ、そんだけ、飲める、ということだ。
 まあ、あーそーゆー人も世の中おるんだなあ、世の中広いなあ、としばらくは思っていた。

 ある日、道玄坂の坂の上の会社ビルを出た時である。
 22時。ぶっ疲れている。へとへとである。吉野家で牛丼喰って、はよ、寝よ、とか思ってた。
 ウエムラ(仮名)が、「ぼん(当時のオレはそう呼ばれていた)」、ウエムラ(仮名)の眼がギラっと光る。「渋谷の街が呼んでいるぞ」。  うつむき加減で小舟のように、歩いてたオレは、背筋を伸ばす。道玄坂の坂の上とはいえ、まちのあかりがとてもきれいね、どころか、ギンギン、ギラギラに輝いて見えた。そうなのだ、これから、そのギンギン、ギラギラのどこへでも、行けるのだ、好きなところへ、自由に。時間は無制限、たしかにお金はいるけど、これからナンボでも働いたらエエこってある。そのとおり、「渋谷の街が呼んでいた!」解放感がみなぎってきた。テンションがカーっと上がる。
 「行くぞ!」
 「おおっ!」

 ウエムラ(仮名)は陽で、酔うとテンションが上がって、まあ、時には、怒鳴り合いに近い、議論の応酬になるけど、そのテンションで、渋谷の店、というか、街全体を勘を頼りに自由に彷徨った。アルコールさえちゃんとしてたら、つまり、バーボンさえメニューにあったら、ディスコでもクラブでも、かまわなかった。ただ、指定した銘柄のバーボンが置いてなかったら、キレる。

 もう一人のノモト(仮名)は、ウエムラ(仮名)とは正反対で、静。まわりがいかなる状況になろうが、たとえば、目の前で誰かがとっくみあいのケンカしようが、隣のキレイなおねえちゃんが色目使ってこようが、悪酔いしたヤツがからんでこようが、ひたすら、同じペースで何時間も、いや、おそらく、何日も、飲み続ける。肴のチョイスもランダムで選んでいるように見えないが、動物的な本能によるものだろう、同じものを頼むと、めちゃくちゃ旨い。ウエムラ(仮名)がセンター街界隈から六本木北青山を視野に入れてた、とすると、ノモト(仮名)いわゆる、渋谷でも井の頭線渋谷界隈の、ドープでディープな、お店、ひいては新宿を好んだ。
 
 さて、さて、さて。長々と書いた。
 ウエムラ(仮名)とノモト(仮名)その他酒飲み、と一緒じゃないオレ、つまり、ひとりのオレ、中ジョッキ一杯が許容量のオレ、では、渋谷の街は呼んでくれない、ということである。

 渋谷あれほどたくさん店があっても、オレが一人で行けるのは、せいぜい、松屋吉野家のファストフード店、コンビニ、ゲーセン、ある種のジャンルのお店。あんだけ、人に溢れ、街は賑わっていても、オレが行けるのは、せいぜい、数えるほどの、少数の、アルコール無しでも、行けるとこ。飲める連中と一緒だと、無限大に広がる渋谷の街があっという間に、オレひとりでは、店がぽつんぽつんとある荒野の風景に変わるわけであーる。

 渋谷に限らない、新宿も六本木も、いやはや、キタもミナミも、三宮も、日本中、いや世界中、ありあらゆる街を、「アルコール無し」をキーにした場合、いかに、少数の選択肢しか、無いか、オレは、生まれて初めて、深い深ーい「孤独」を味わったものである。仲間はずれにされても、平気だし、ひとりで行動するのは全然苦にならないオレが、生まれて初めて、味わった「孤独」。

 それにもうひとつ。
 こっちの方が重要かもしれん。
 ウエムラ(仮名)とノモト(仮名)、そして、その他酒飲みは、「アルコールに酔える」、アルコールで酩酊感を味わえる、つまり、「アルコールで気持ちよくなれる」のである。
 こればっかは、先天的に、オレには不可能なのである。

 渋谷の街をアクセスする、「キー」を見つけること。
 アルコール並に、「酩酊」できるものを見つけること。

 これが、以降、オレの、人生での、目標となり、君らには想像もつかない努力と涙と汗と苦労と忍耐の末、「音楽」というのを見つけ、それを「キー」に以降、渋谷、六本木、本牧、代々木上原、北青山、ニューヨーク、ジャマイカとがんがんアクセスしていったので、あーる。えらい!

 音楽じゃなくても、「おねえちゃん」、というのをキーとしても、渋谷の街を制覇できたんじゃ、と、今となってはするけど、「おねえちゃん」という「キー」で渋谷をアクセスするには、もともと、モテへんから、多分、膨大なお金がいるし。怖い店もいっぱいあるしぃ・・・。

 しかし、朝まで飲んでも、そのまま、会社行ってフツーに仕事していた、ウエムラ(仮名)とノモト(仮名)、カッコ良かったなぁ。

 

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