2016年10月30日日曜日

10月30日

 故黒沢進氏の「黒沢進著作集」(Hotwax責任編集 黒沢進著作集 Susumu kurosawa Works volu.1
)バラバラと読んでたら、「GSクラシックス」という文章があり、グループサウンズがカヴァーした元の曲を紹介されていた。
 ザ・スパイダースで聴いた、「マイ・ベイビー・バラ・バラ」。チビっ子の時、もう、この曲がかかった翌日の教室は、みんな、取り憑かれたように、「ま。べいびーばらばら」を100回ぐらいくり返して唄ってたように思う。マ・ベイビーバラバラ、バラバラバラバラ。
 オリジナルのザ・レインボウズは、もちろん、リッチー・ブラックモア関係なしの、ドイツのグループ!、ゴーゴーゴアンドゴーズオン(糸居五郎調で)。



はい、どんどん行きましょ、ゴーゴーゴーゴー、ごーずおん!ウォーカー・ブラザーズのバージョンで「ダンス天国」
これは、スパイダースは1967年のアルバム「'67~アルバムNo.3+6」で、ブルー・コメッツも同年のライブ「ブルー・コメッツ・リサイタル」、ザ・タイガースは「ザ・タイガース・オン・ステージ」のしょっぱなでやってます。 あと、木の実ナナ(+レオ・ビーツ)も、黛ジュンもカヴァーしてますよ、ハプ・フォー(ハプニングス・フォー)も、1971年、カッコいいアレンジで、やってますよ。

はい、お次は、ザ・タイガースのライブでの「ダンス天国」はすぐに、「ラ・ラ・ラ」に変わります、はい、オリジナルのシャムロックスで、「ラ・ラ・ラ」ゴーゴーゴアンドゴーズオン!




 これも、タイガース以外にも、ワンズ(ザ・ワイルド・ワンズ)がこれは、これ以上ないぐらいカッチョ良くカヴァーしてます(1968年ごめん、オリジナルのアルバム持ってません、昭和元禄トーキョーガレージ:東芝編というコンピ)。木の実ナナも、気怠く、これまた、シビレルカヴァーしてます。中村晃子も同じく1968年、こっちは、かわいく、口を大きくあけてはっきりくっきり唄ってます。インストでは、ザ・ヴァン・ドッグス。犬連れたグループサウンズですな。

 さあ、渋いとこいきましょ、わかるかな、ANNIE PHILIPPE "QUARANTE MARINGOUINS" !!!


アニー・フィリップは、第二のフランス・ギャルちゅわれた人だそうですわ。

 こんな曲をカヴァーしたのは、ザ・ジャーガーズ、題名は「二人だけの渚」、しかも日本語歌詞つけてもろうてますわ。さあ、どんどん、潜っていきますよ。



 ザ・グレート・スコッツの「Give Me Lovin'」。いい曲でしょう?
 これをカヴァーしたのが、ザ・カーナビーツ。邦題は「お前に夢中さ」!!!
 そして、ザ・カーナビーツ「お前に夢中さ」を日本語歌詞のまま、カヴァーしたのが、あの「ジャックス」と来たもんだ。縁は異なもの味なもの。
 


 ネオ・GSの雄、ザ・ファントム・ギフト(もう、大好き!)も動画ありました!!1988年、横国大でのライブと来たもんだ!!



 あと最後は、リヴァプール・ファイブの「 Everything's Al'right」。これは、も、も、も、も、カルトGSの雄アウト・キャストがカヴァー(1967)してます。初めてオリジナル聴いたけど、アウト・キャストの方がファズがぶりぶり、めっちゃくちゃカッコいい!!



 俳優のケン・サンダースも、ザ・ロータス、バックに日本語歌詞でやってます。おまえがいなくちゃ、だめだぜ、って唄ってます。


 まあ、「黒沢進著作集」のこの部分読んだ時には、知らんグループばっかで、あーここに書いてある曲聴くなんて、一生無理なんだろうな、と思ってましたが、Youtubeのおかげで。AppleMusicも探したけど、あんましなかったし、リンクが難しいんで。

 それにひきかえ、日本のグループサウンズ音源の少なさ・・・。自国の文化に敬意を払えない人はどこの国の音楽を含むあらゆる文化に敬意を払えません、自分を愛せない人間が他人を愛せないのと同じ。単に消費し、忘却のループ。ま、それはそれでエエか。
 

2016年10月24日月曜日

10月24日

 あっという間に、10月も後半に入り、ほんま、早いことです。税金用に用意しているお金(少額です)を、もろもろの「課金」に使って、そのまま、逃亡したい欲求に駆られる今日このごろ、みなさま、いかがお過ごしでしょう?なんとなく、思うのだが、なんで、9末決算にしたのか、わからん。

 ヘルプ!!!恋が丘学園お助け部、なんか、この前の小魔物イベント、21位に終わり、ちょっとの差で20位までもらえる日向菜々子(声影浦由佳)のSRカードもらえず、悔しかった・・・と思うやん?
 苦手な小魔物捕まえるヤツで、ここまで、いけただけ、良しとせな(前回は50位ぐらいだったもん)。
 今度のイベントも、いままでの同種のイベントのノリとは異なり、なんかの拍子でPSRもらえるもんだから、もう、スゴいノリで、まともに、ついていけない。まあ、3日でバッジ貯めてエナメに交換して、そいで・・・、という感じ。
 まあ、どーだっていいことですが。
 昨日は昨日で、ちょっと外出てたら、その間、影浦由佳さんが出るShowroom見逃してしまう。
 偶然やら運が支配する部分に熱くならないことは、実は、人生のコツである。
 と、思ってたら、2枚目の[バレエ]日向菜々子、バザーでゲット!!!

Boombox: Early Independent Hip

 Amazonで、こーゆーのを見つけ、買おうか、買うまいか、うんうん、一週間ほど、まあ、長考してたわけである。
 「 Early Independent Hip Hop, Electro and Disco Rap 1979-82」ってあるから、おそらく、どオールドスクールラップ集。ラッパーズディライト前後のヒップホップ・ラップの生まれたての頃の、モノホンのやつ、聴いてみたかったんだ。でも、知識が無いんで、ほんまに、そういう「生まれたての、モノホン」かはわからん。

Soul Jazzというとこが出していて、そこは、ジャマイカの音楽の雄、ステューディオ・ワンのやつ、いっぱい出してて、そのつながりかなんかしらんけど、Amazonのオススメに出てた。
 ええやん、帯の「ラジカセ」!
 
 で、iTunes Music Storeで,もしや、と思った、探した、あった。https://itun.es/jp/kKUYbb

 で、聴いた。
 楽しかった、
 ずーーーーーーーっと、聴いたら、ラップが何いうてるのかわからんのが致命的、ちょっと、飽きてきた。

 で、ラッパーズディライト聴いて、今、嗚呼、ブロンディの「ラプチャー」聴いている、その次に、トム・トム・クラブの「おしゃべり魔女(Wordy Rappinghood)」聴いてしまうんだろうな、なんとまあ、学生の頃と変わらん。何年経っても、ワンパターン。



 と、思ってたら、シックとシュガー・ヒル・ギャングが一緒にやってるやつもあるじゃん。



 

やっぱ、ブロンディ(デボラ・ハリー)は、エエおんなじゃのぉ。


KRS Oneが90年代終わりごろ出したやつ。なんか、ブロンディのよりも、こっちを「懐かしい」と思ってしまう。

もう、トム・トム・クラブはいいや、だけど、一応。ストップ・メイキング・センスからのやつ。



2016年10月16日日曜日

10月16日

 自分の好きなことについて、しゃべったり、Tweetにしたり、文章にしたりしている方々は、たとえ、それがオレの知らないジャンルのことだとしても、好きである。

 北海道日本ハムファイターズ、並びに、関係者、ファンのみなさま、日本シリーズ進出、おめでとうございます。ピッチャー3人か、あかんのやったら、大谷、スワローズに、ちょうだい。
 しかし、6月頃には、もう鉄板で福岡ソフトバンクホークス優勝まちがいなし、との下馬評の中、スゴい追い上げで。

 ヘルプ!!!恋が丘学園お助け部(ソシャゲ)、この前のイベント、入っている寮が1位獲ったんで、そのおこぼれで、個人でも20位ギリギリに入れたんだが、今度のイベントが・・。魔物捕まえて、その大きさで順位が決まるというやつなんだが、オレはドン臭いんで、逃げられてばっかで、苦手なんである。前回なんか、ほとんど参加してなかった。しかし、今回のは、イベント上位に入った時に、日向菜々子のSRがもらえるので、がんばらなアカンねん。どないしよ。それでなくても、隠しSR日向菜々子探しで、どぼどぼ、栄養ドリンク(ゲーム内用語)使ってしもうたし。し、か、し、日向菜々子の声聴きたくて始めたゲームなので、がんばんねん。

 ボブ・ディラン、ノーベル賞の文学賞したそうで、それはいいんだけど、ニュースとか「風に吹かれて」しか流さないことに決めたのか?
 うんざりしてきたぞ。たぶん、テレビ局に、まともに、ボブ・ディラン、聴いたヤツがいないみたい。
 オレがロック聴いてた中高生の頃、三大挫折ミュージシャンの一人で(他は、ローリング・ストーンズとボブ・マーリィ&ザ・ウェイラーズ)、まあ、単に、好みの問題だろう。
 数年前、60年代あたりのオリジナルアルバムいっぱい集めて一つのボックスにしたやつが出たんで、ぶっ通しで聴いてみたが、もちろん、ライク・ア・ローリング・ストーン(そうだ、風に吹かれて、より、オレならこっちだな)女のごとく、とかサブタレニイン・ホームシック・ブルースやら、当時、それでも、好きな曲とかあったのだが、聴き終わったあと、なぜか、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ルー・リード聴きたくなったのを思い出す。似てる。
 時代は変わる。
 

2016年10月12日水曜日

あるいは、私はいかにして心配するのをやめて、音楽を愛するようになったか

 10月もあっという間に、半分近い。つまり、納税せなあかん時期が近づいており、このいらいらを、民進党への悪口で解消しようと思ったけど、そもそも、今後一切投票するつもりないから、気がそがれる。悪口には、愛情が必要なのである。
 で、しゃあないから、ぐだぐだと、おっさんの昔話をすることにする。
 以下読んで、例によって、君もしくは君のメンバーが捉えられあるは殺されても、当局は一切関知しないから、そのつもりで。成功を祈る。なおこのテープは自動的に消滅する。ぶわがぶわーーーーん。


   実をいうと、音楽にハマり始めた、というのは、会社入ってから、のことである。たしかに、中学高校浪人大学と音楽は聴いていたが、そもそも、グループサウンズが、霧散してしまった時代、必死に、グループサウンズっぽいのは求めてた、という勘違いの権化みたいなとこがあって、ピンクフロイド聴いてもレッド・ツェッペリン聴いても、グループサウンズじゃないことに、腹を立ててた。何してたんかな、と思う。

 会社入ってから、である、音楽にホンマにハマるようになったんは。
 まあ、その契機となったのは、入社した会社におった、ウエムラ(仮名)とノモト(仮名)の両名の影響としか、思えない。
 この二人は、音楽にどハマりしてたわけじゃなく、いわゆる、酒豪、だった。なんぼでも、アルコール呑めた。オレのように、高校時分から今の今まで、中ジョッキ一杯が限度、というわけではなく、おそらく、際限なく、呑めた。
 金曜日の夜飲みだして、渋谷界隈を何軒もハシゴして、飲める店がやっているというので、新宿までタクシー飛ばして、朝というか、午前中、飲み(午前中から飲ませる店が新宿にはゴロゴロしてたのだ!)、さすがにオレはその時点で脱落したが、彼らはその後も飲み続け、結局は再び、渋谷に戻って、もう一度同じコースで終電まで飲んだという逸話もある。

 まあ、そんだけ、飲める、ということだ。
 まあ、あーそーゆー人も世の中おるんだなあ、世の中広いなあ、としばらくは思っていた。

 ある日、道玄坂の坂の上の会社ビルを出た時である。
 22時。ぶっ疲れている。へとへとである。吉野家で牛丼喰って、はよ、寝よ、とか思ってた。
 ウエムラ(仮名)が、「ぼん(当時のオレはそう呼ばれていた)」、ウエムラ(仮名)の眼がギラっと光る。「渋谷の街が呼んでいるぞ」。  うつむき加減で小舟のように、歩いてたオレは、背筋を伸ばす。道玄坂の坂の上とはいえ、まちのあかりがとてもきれいね、どころか、ギンギン、ギラギラに輝いて見えた。そうなのだ、これから、そのギンギン、ギラギラのどこへでも、行けるのだ、好きなところへ、自由に。時間は無制限、たしかにお金はいるけど、これからナンボでも働いたらエエこってある。そのとおり、「渋谷の街が呼んでいた!」解放感がみなぎってきた。テンションがカーっと上がる。
 「行くぞ!」
 「おおっ!」

 ウエムラ(仮名)は陽で、酔うとテンションが上がって、まあ、時には、怒鳴り合いに近い、議論の応酬になるけど、そのテンションで、渋谷の店、というか、街全体を勘を頼りに自由に彷徨った。アルコールさえちゃんとしてたら、つまり、バーボンさえメニューにあったら、ディスコでもクラブでも、かまわなかった。ただ、指定した銘柄のバーボンが置いてなかったら、キレる。

 もう一人のノモト(仮名)は、ウエムラ(仮名)とは正反対で、静。まわりがいかなる状況になろうが、たとえば、目の前で誰かがとっくみあいのケンカしようが、隣のキレイなおねえちゃんが色目使ってこようが、悪酔いしたヤツがからんでこようが、ひたすら、同じペースで何時間も、いや、おそらく、何日も、飲み続ける。肴のチョイスもランダムで選んでいるように見えないが、動物的な本能によるものだろう、同じものを頼むと、めちゃくちゃ旨い。ウエムラ(仮名)がセンター街界隈から六本木北青山を視野に入れてた、とすると、ノモト(仮名)いわゆる、渋谷でも井の頭線渋谷界隈の、ドープでディープな、お店、ひいては新宿を好んだ。
 
 さて、さて、さて。長々と書いた。
 ウエムラ(仮名)とノモト(仮名)その他酒飲み、と一緒じゃないオレ、つまり、ひとりのオレ、中ジョッキ一杯が許容量のオレ、では、渋谷の街は呼んでくれない、ということである。

 渋谷あれほどたくさん店があっても、オレが一人で行けるのは、せいぜい、松屋吉野家のファストフード店、コンビニ、ゲーセン、ある種のジャンルのお店。あんだけ、人に溢れ、街は賑わっていても、オレが行けるのは、せいぜい、数えるほどの、少数の、アルコール無しでも、行けるとこ。飲める連中と一緒だと、無限大に広がる渋谷の街があっという間に、オレひとりでは、店がぽつんぽつんとある荒野の風景に変わるわけであーる。

 渋谷に限らない、新宿も六本木も、いやはや、キタもミナミも、三宮も、日本中、いや世界中、ありあらゆる街を、「アルコール無し」をキーにした場合、いかに、少数の選択肢しか、無いか、オレは、生まれて初めて、深い深ーい「孤独」を味わったものである。仲間はずれにされても、平気だし、ひとりで行動するのは全然苦にならないオレが、生まれて初めて、味わった「孤独」。

 それにもうひとつ。
 こっちの方が重要かもしれん。
 ウエムラ(仮名)とノモト(仮名)、そして、その他酒飲みは、「アルコールに酔える」、アルコールで酩酊感を味わえる、つまり、「アルコールで気持ちよくなれる」のである。
 こればっかは、先天的に、オレには不可能なのである。

 渋谷の街をアクセスする、「キー」を見つけること。
 アルコール並に、「酩酊」できるものを見つけること。

 これが、以降、オレの、人生での、目標となり、君らには想像もつかない努力と涙と汗と苦労と忍耐の末、「音楽」というのを見つけ、それを「キー」に以降、渋谷、六本木、本牧、代々木上原、北青山、ニューヨーク、ジャマイカとがんがんアクセスしていったので、あーる。えらい!

 音楽じゃなくても、「おねえちゃん」、というのをキーとしても、渋谷の街を制覇できたんじゃ、と、今となってはするけど、「おねえちゃん」という「キー」で渋谷をアクセスするには、もともと、モテへんから、多分、膨大なお金がいるし。怖い店もいっぱいあるしぃ・・・。

 しかし、朝まで飲んでも、そのまま、会社行ってフツーに仕事していた、ウエムラ(仮名)とノモト(仮名)、カッコ良かったなぁ。

 

2016年10月3日月曜日

10月3日

 あっという間に、10月。でも、9月後半から、ずーーーーーーーっと、梅雨みたいな感じ。うーん。

 東京ヤクルトスワローズは見事、5位になりました。選手、並びに球団その他関係者の方たちに感謝します。あの投手陣でよくぞ、ここまで。最終戦まで、4位争い、それも、メッセンジャー、藤浪、岩貞、能見、後ろには、球児が控えている、おそらく、12球団屈指の投手陣を持つ球団と、5位争いしてたのだから、これは、もう、ほめるしかありません。異議のある方は、レポート三枚(うち一枚は図解のこと)にまとめてください。

 てな、アホなこと云うてます。

 人生いたるところ、石油王あり。ミイラ取りがミイラ。日向菜々子の声を聴きたいという純粋な動機から始めた、ヘルプ!!!恋が丘学園お助け部、ですが、入った寮が、イベントで1位取りに行っており、なんか、エネメ4,000本持っている方が応援に入って、今、スゴい光景を見ています。まあ、そういう中、漁夫の利というかコバンザメ商法というか、なんか、つられるようにして、オレ個人の順位もまあまあなとこ、行っている。石油王が本気だしている中、無課金で、セコくセコくやるのも、また楽しからずや、ちゅうとこですわ。ま、どーだっていいことですが。それより何よりも、問題は、未だ、日向菜々子のSR一枚も持てない、という情けなさ。隠れSRは探せど探せど見つからず、頼みの縁結びでは、Rしか引けない。

 なんか、東京ヤクルトスワローズ5位に終わり、山田も2年連続トリプルスリー獲ったんだけど、なんとなく、浮かない、ある日、iTunesMusicStore探っていたら、イエローマンのライブ、「Live AT The Rissmiller's、Reseda,CA Sept 82」というのが見つかった。念のため、Amazon観てみたが無かった。

 オレの人生を変えた、ライブ・アト・キラマンジャロが、1983年だから、その前年、イエローマン最盛期中の最盛期、当然、どハマりする。

 ちっこいタイムドメイン・ライトで聴くと、イエローマンの声がすこーんっと、耳に直撃、気持ちいい!
 そいで、ヘッドフォンで聴くと、ベースラインがくぐもりまくって、こもりまくって、ええ感じ。
 なんか、カナダのFM局用のライブのせいか、大きめのハコでやってるみたいで、ダンスホールというかディスコでの音とは違って、抜け、ている。

 最前は女性が占めているらしく、一緒に唄ったり、下ネタやったら大喜びしたり、自由にやっている。そうなんである、イエローマンはモテまくってたのであーる。
 ほぼ、90分、ぶっ通しのイエローマンだぜぇ。人生のしあわせ、というのは、これが基準である。

 「ね、ね、だんな」
 「・・急いでるんで」
 「じゃ、こっちも、急ぐからさぁ」
 「・・・・」(歩く速度を速める)
 「うんっも、いいや、イエローマンあるんだけなぁ、それも、ライブ!」
 (思わず立ち止まる)「えっ!」(立ち止まってしまったことに気づいてあわてて、再び足を踏み出しながら)「いいよ、どうせ、最近のヤツだろう」
 「そう思うでしょ、でも、1982年」
 「・・・1982年・・・ライブ・アト・キラマンジャロより前の年か!」
 「えへへへ。好きだねぇあんたも。ついてきなよ」
 かくして、迷路のような路地に連れ込まれ、人生の転落が始まるわけである。

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