うーん(尚、このブログで主語述語目的語省略したときは、東京ヤクルトスワローズがふがいない負け方をした、と察して欲しい、まあ)。
朝日の夕刊にマルコム・マクラーレンの追悼の記事が出ており、マルコム・マクラーレンが亡くなったことを知る。記事そのものは朝日新聞で大学教授がいかにも書きそうなことを書いてあったので、妙に納得してしまう。遅れてきた シチュオニスト(なんやねん?)だったんかもしれんがどうだって良く、ピストルズのマネージャであったことすらどうだって良く、1983年という年に、超名盤「DUCK ROCK」を出したことに触れないと、追悼記事にもなんにもならない。
だいたい、LP、買うてきて、針落として、音出した途端、びっくらこいた、たまげた、腰抜かした、ちゅうアルバムは、この「DUCK ROCK」と、あとパブリック・イメージ・リミテッドのファーストとCDになってからは、大原麗子の「ピーッコック・ベイビー」しかない。「DUCK ROCK」は、まさに誤解にせ浅はかな理解にせよ、「ヒップホップ」ってなにかわかったし、それよりなにより「音楽ができんでも音楽ができる」と思たわけだ。
今から思うと、パンクからの数年は、次から次へと新しいもんが、出てきたというより、どんどん、「ロック」というか「ワシらが聴く音楽」ちゅうもんの定義がどんどん拡がっていった、拡げていったわけで、他ジャンルへの「補助線」みたいな親切な音楽がどんどん出てきて、オレみたいにロックでは楽器がひけずすぐ話題についていけず、ディスコ行っても音楽よりもおねえさま方の挙動にしか頭が働かない人間でも、ちょっとパンクがカッコエエと思ってたら、いつのまにかいろんなジャンルの音楽を自然に聴けておったというわけである。
だいたい、たとえば、今、あらたに、ヒップホップ全然知らんヤツがヒップホップを聴きたい思ったら、どれだけの学習をして、 どれだけ金かけてファッションあわせて、知ったかぶりの溢れる中どれだけ淋しい淋しい思いせなあかんか?甲子園で東京ヤクルトスワローズの応援するようなもんやで。もう、「ジャンル」の垣根が高く厚い壁みたいになっとる。
たかが、音楽。
そいで、久々に、DUCK ROCKでも聴いたろと思い、オレのiTunes探してみたらなく、多分、CDは持ってたはずだから、探せばどこぞにあるんだろうが、面倒くさいんで、自然に出てくるのを待つことにする。