しかし、コンサート前、過呼吸症候群とか発症して、他のメンバーに呼吸のリズム取ってもらったり、担架に乗せられたり・・だから、引退します、の映像を見せられたり、数年前のガキの頃のセックスを、4位とかなって有頂天にいる今、週刊誌にバラされて、泣きながらラジオで謝らせられたり、福岡に飛ばされたりしているのを見ると、なんか、イモ臭く(それがキャラと云えばそうなのだろうが)、いやぁな気分になった。つくづく、アイドリング!!!ファン(末端のファンであるが)であって良かったと思う。グズグズでもぬたぬたでも、馴れ合いじゃれ合いでも、フォンチーも谷澤恵里香も、これからは、12号森田涼花もいないとか、もう、文句は云わんとこ。
ぼんやり、DVD観てたら、しもた、くそぉ、こんな映像が残っていたとは。
フェスティバル・エクスプレス
「フェスティバル・エクスプレス」とは、1970年6月27日にカナダのトロントからウェニペグ、カルガリーへと大陸を横断しながらライブ・ツアーを行うためにミュージシャンたちを乗せて走ったカナダ鉄道の特別列車の名前です。参加したミュージシャンは、グレイトフル・デッド、ジャニス・ジョップリン、ザ・バンド、デラニー&ボニー、フライング・ブリトー・ブラザース、バディ・ガイ、シャナナなどです。
このツアーのコンセプトは、ロック・イベント=野外会場に観客を集めて行う巨大イベントとは、まったく逆の発想によるものです。それは「ツアーを組んでバンドが観客の住む街に行く」というものでした。と言っても、ただそれだけならバスを連ねて行う多人数でのライブ・ツアーとそう変わりません。実は、このツアーが本当に素晴らしいのは、列車を降りて行われたコンサートだけではなく、列車の中で昼も夜も、どこかの車両で行われていたジャム・セッションの部分なのです。(もちろん、このDVDにはこうしたジャム・セッションのシーンがたっぷり収められています)
例えば、リック・ダンコ、ジェリー・ガルシア、ボブ・ウィアーをバックにジャニスが実に気持ちよさそうに歌う「Ain't No More Come」。今や、ブルース界の大御所バディ・ガイとジェリー・ガルシアがコンビを組んだ「I Can't Do It Baby」
[From フェスティバル・エクスプレス]
1970年6月27日からの列車ツアー。1970年はもちろん、オレは「60年代」最後の年と把握している。
悪いが60年代末期のヒッピーやらになんのファンタジーも感じないんで、熱心とは云えない感じで、のほほんと観てたし、音楽的にはそりゃやっている方はキモチええんかもしれんが、こっちはダラダラとしか聴こえまへんな、状態なのであるが、ラストのラスト、ジャニス・ジョプリンの「テル・ママ」にはぶっ飛んだ。
え?この曲やったの?と、思うも間もなく、ほぼ、息継ぎ省略して、ほぼ過呼吸症候群的に一挙に歌い続けるもんだから、つい、聴いている(観ている)方も、巻き込まれてしまう。
そっから、このころのロック特有のギター・ソロの延々・・・がちょっとあるが、すぐ、呼吸を整えたジャニス・ジョプリンがまた、歌い始めると、こっちも強引に巻き込まれてしまう。
そいで、一応落ち着いたら、おそらく、アドリブでしゃべりかけるように、自分のこと歌い、また徐々に、本曲に戻って、またノリまくったところで、スパっと終わらせる。カッコいい!!
(今確認中であるが、CDの「パール」のボーナス・トラックに「テル・ママ」入っているのだが、どうも、このライブのヤツみたいな感じがする。CDで聴いた時はなんてことなかったのに・・)
まあ、ジャニス・ジョプリンは御存知の通り、このコンサートの3ヶ月後、ヘロインの過剰摂取が原因で亡くなる。そのあれやこれやについては、映画を始め大量の物語があるが、そういう知識を得ないと、わからん音楽、感動できん音楽、ノれない音楽ではない、ジャニス・ジョプリンというシンガーは。
60年代末のヒッピーウッドストックジェネレーションが大嫌いなのは、LSDやらマリファナが意識を解放するとか、阿呆なこと云うて、結局は廃人死人を大量に産み、ミュージッシャンに群がる怪しげな麻薬業者を儲けさせただけ、ということがある。今も、レゲエのコンサートで一番儲けたのが、何かを扱うイラン人だった、とかの状況はまあ、一緒・・・と考えると、過呼吸症候群を産もうがAV女優を産もうが、音楽関係者である秋元某が一番儲けるというシステムというのはのは、まあ、健全ではある。